2011年12月31日土曜日

ドキュメント、デパート

テレビでドキュメントを放送している。
なにかの不正事件や不祥事が発覚する時は、その企業や政治家が会見を行うときに、必ず薄緑色の作業服を着た「抗議屋」があらわれる。
彼らの抗議は、いつも的確で鋭く、激情的。彼らの抗議行動によって、新たな不正が発覚したり、事件の深部が明確になることも少なくはない。
ここまでの説明があって、テレビには抗議屋が企業のトップにくってかかるところで画面が一時停止する。
ナレーションが問う。
「彼らはいったいなにものなのか」

そこからドキュメントは、抗議屋の日常を追う。
抗議屋がれっきとした職業であり、彼らは、抗議を収入源に生活している、抗議屋は盲学校からの集団就職というパターンが圧倒的に多いため、目の見えない人が多い、などの事実が明らかにされていく。

テレビをみる私は、そんな職業があることを全く知らなかったので、目から鱗の面持ちで呆然としていた。

*****

デパート。
末の弟にいろいろ買うために、お父さんとお母さんと、4人で来ている。
手分けしてモノを探し回ったり、4人で一つのショップをうろうろしたり。

私は疲弊していて、今すぐにでも、この買い物チームから離脱したい。子供の頃は親とデパートに行くのがあんなに楽しみだったはずなのに....そう思うとなんだか悲しい。

お母さんが次の店に行ってしまったので、私はお父さんがお会計してるのを途中で代わって、弟と先に行かせる。
お会計の品は白いカッパ。
支払いが終わってみると、カウンターのうえに小銭の山が残った。
「多分お客さんのですよ」
と店員が言う。
よくみると小銭には革のギターピッグが沢山混じっている。これは確かにお父さんの小銭に違いない。

家族に合流してお父さんに小銭をわたすと、自分のではないと言って、お父さんは小銭を返しに店に引き返した。
お母さんが、「お父さんはピックなんて使わないでしょ」と行ってきた。

そういえば確かにそのとおりだ。

納得したところで目が覚めた。

2011年12月23日金曜日

フラグメント

ご飯を食べる会
古民家
雑誌の袋綴じは武家風家具一式
モリヤマにーさん
リエちゃんとノンちゃん
エッちゃん家の庭

2011年12月21日水曜日

見え・な・い♪

赤ちゃんがいた。
その場に居合わせた面々で、代わる代わるだっこする。
赤ちゃんは泣いたり泣き止んだりを繰り返していて、その度に私達は赤ちゃんをあやしている。

弟が音楽をかけている。
スピーカーにはゴムかビニール製の管が繋がっていて、管のもう一方はたらいの中に落ちている。たらいには何かの液体が張ってあり、音楽に合わせて波打ったり泡がぼこぼこ出たり、マシュマロみたいなものが浮き上がったりしている。それらの動きが音楽と完全に連動しているので、いつまで見てても全然飽きない。

なにで出来ているのか弟に尋ねると、ボール紙と漢字を書いたCDとのことだった。

「ショウタって、漢字で書いてあるCD」
弟は言った。
「ショウタ君、手伝ってくれてるから。」

スピーカーから流れる曲は、声変わり前の少年の声と、チープなシンセで構成された、メランコリックなメロディラインの曲だった。

多分、ショウタ君が歌っているんだろう。

しばらくすると音飛びした。
見ると、管のに何か詰まっている。
レゴブロックだ。
黄色のレゴブロックが菅に詰まっていた。

****

今日の夢で特筆すべきは「ショウタ君の歌」である。
目が覚めたとき、あまりにはっきりとその歌が耳に残っていて、妙な気分だった。
あまつさえ、シャワーで鼻唄ってしまったほど頭から離れない。
歌詞は『...見え・な・い♪』と『見えすーぎーてー♪』の2箇所しかおぼえてないど。
にしても、全く知らない歌である。
なのにショウタ君の声質とかシンセの音色とかまるで聞いたことあるみたいにリアルに覚えている。

***

とか書いたにも関わらず、16時の休憩で日記の続きを書こうと思ったら、曲がさっぱり思い出せない。
お昼にははっきり覚えていたのに!
ちょっとアレンジまで考え始めてたのに!!
四つ打ちだったことしか覚えてない!!!

まあ、はっきり言って一昔前によくあったパターンの、チーーープで、感傷的な感じの曲で、特に好印象だったわけではないけど、こうもさっぱり思い出せないと、なんかすごーく惜しい気になってくる。
そりゃ、イェスタデイみたいな奇跡の名曲ってかんじじゃなかったけど、アルフィのアルバムにでも入ってそうな曲だったけど、こんなことならメロディだけでもノートにしとくんだった...
もう、既成の曲だったかどうかも調べられないよ。

....

と、思っていたのに、今、帰りの電車ん中で、普通に鼻唄ってた...
脳ミソって不思議だ...
録音しとこ。

2011年12月17日土曜日

支払い

兄弟全員と、友達二人の、総勢七人でソバ屋に行った。その前とか間とかにもいろいろあって、校庭とかタツノオトシゴとか出てきたけど、そこらへんはさっぱり覚えてなくて、問題は支払の時。

気前いいところを見せようと、ここは全員分おごるよ、ってんで、みんなを先にやり、一人レジに立ったのだけど、カード使えますかと聞くと使えませんという返事が。
現金はなん十円かしか持っていなかったので、向かいのファミマにおろしにいった。探してもATMがない、と思ったら、そのファミマ二階建てで、地下フロアにあった。
お金をおろして急いで戻ると、レジに長い行列が出来ていた。
私の支払いがすまないと次に進めないらしい。なんて融通のきかない...と驚きつつ、なんとか支払いを済ませた。
よくみたら、財布にはお金が沢山入ってて、多分おろしにいかなくてもよかったことに気付いた。
そういえばソバ屋に入る前に用意しといたんだ....と、全て終わった後に思い出した。

もうすぐクリスマス

会う友達会う友達みんなに恋人が出来てて、段々寂しくなってきた。
窓にうつる自分の姿をじっと見つめる。
窓はまつぼっくりとヒイラギで飾られている。
じっと見つめていると、自分以外の影があらわれた。
ふりかえるとユースケサンタマリアが立っていたので少しがったりした。
がったりしたので、自分が何かを期待していたことに気付いて、少し傷ついた。

私がその場を歩き始めると、ユースケサンタマリアもたまたま同じ方に向かうところだったようで、並んで歩いてるみたいな感じになってちょっと気まずくなった。
けれど、歩く速度を変えたりして、ズラすのもなんだかシャクで、ムキになって並んだままずっと歩いた。しかも絶対に目を向けないようにした。互いに完全に互いを無視し、一人で歩いてる体を保持した。

何処かの通りに差し掛かると、誰かがお笑いのネタの導入部を言った。
具体的にはなんだったか全く覚えてないけど、「なんでだろ〜」とか「ポイポイポーイポ」とかなんかそんな感じだろう。
殆ど無意識の内に、続く言葉が口をついていた。
と思ったらユースケサンタマリアもそうだったみたいで、二人の声が完全にハモった。その瞬間ついに顔を見合わせてしまい、変な連帯感が生まれた。
私達は笑顔を交わし合いながらネタ、というか歌を歌い続けた。
いつの間にか所ジョージも合流して、私達三人は全力で、人のネタを言い切った。
もう最後の方なんて、興奮しすぎて殆ど叫んでいたし、躍っていた。

やりきった満足感に浸っていると、何処からかあらわれたスタッフ的な人に、
「今CM撮影中なんで静かにしてください」
と注意されたので、謝って、私達はすっかり小さくなった。 

この夢って、やっぱクリスマス近いからだよね。サンタはサンタでも、ユースケサンタマリアだけど...

2011年12月13日火曜日

宗教ミックス

坊さんに、指紋をみせたら

あんたの血は逆に流れている

と言われた。
長い夢の途中で。

*****

下北沢なら無料で路駐できる、と、地図をみせられたので、車はそこに置いて行くことにした。
黄色の大きなダンブカー。
途中でガス欠。
街にはたどり着けなかった。

*****

古い店の中。
パブかリカーショップかおもちゃ屋かなにか。
煤けたショウウィンドウから通りを見ると、ちょっと過激なデモ行進が通る。
私達はあれに見つかると厄介なことになる。
マッキーさんは、デモ隊の主張内容にキレてしまいそうだ。

そんな店内の空気を察してか、サンタさんが奥で小咄を始めた。

人の輪が出来ていく。

近寄って見ると学生上がりの牧師見習いがサンタさんの影から突然出てきて話し始めた。
その上歌い始めた。
サンタさんのために7時から練習していたそうだ。

2011年12月10日土曜日

疑惑

身体能力の異常に発達した血筋に生まれた。
父は、特に身体能力の高い者たちで構成される組織の頭首だったが、早くしてこの世を去ったので、私は幼いうちに跡目を継いだ。
心細くはなかった。
二人がいつも一緒だったから。
一人は、私を助けて組織をまとめてくれる、父の右腕だった男。
一人は、血筋の者ではないのに、際立つ才能を持った幼馴染の男。
三人で一つだった。
命を脅かされる日常が、苦ではなかった。

それでも、遂に大きな危機が去って、今までどれほどの緊張の中で生きて来たのかを思い知らされた。

エアーズロックの麓に広がるスパで、南国の太陽に肌を焼かれながら、本当の休息というものを知った。
体の芯から溶けてしまいそうなくらいに安らいでいる。

浅く小さなプールに浮かんで青空を見上げる。こんな平和な世界があるなんて知らなかった。

二人も岩場に寝そべったりしてくつろいでいる。

私は大きく伸びをして背泳ぎを始める。
一掻きで対岸に追突して驚いた。プールサイドで見ていた一般人が目を丸くしている。

安心し過ぎて自分の能力のことを忘れていた。手加減して泳がなきゃ。
そっと泳いでいると、スパのオーナーが近づいてきて、
『足、動いてない!器用に泳ぐね!』
と、感嘆した。
彼も、このスパの利用客達も、私達の正体は知らない。
笑ってごまかす。
自分の微笑みの威力はわかっている。

オーナーはちょっと来て、と、私と幼馴染みを呼んで、彼にはお使いを頼み、私には茂みの奥にある、寝床を見せた。

寝床は信じがたいほど心地よく、私は一瞬で眠りに落ちた。

私は知らなかった。
自分がどれほど長く眠り込んでいたか。

私は知らなかった。
オーナーが私達を引き裂こうとしていたことも、幼馴染みがどれ程遠くに遣られたのかも、岩場に残った父の右腕に、オーナーが何を吹き込んだかも。

ただ、夢から覚めて茂みを抜けたとき、父の右腕が背の低い古木の枝に腰かけて地平線を見つめる横顔に初めて浮かぶ表情を見た。

石のように動かない彼に、声をかけることができなかった。

彼の顔に浮かんだものの名前を私は知らなかった。

2011年12月5日月曜日

夜、朝刊を探す寂しさ

広めの川を越えて、誰かしらの家に泊まりに行った。

日暮れ頃、買い出しがてら、一人散歩に出かけた。
馴染みのない街並みに、全く見覚えのないわけでもないのは、前に幾度か訪れたことがあるからかもしれない。

飲み物かなにかを買った後、急に新聞が読みたくなった。
2, 3丁先の通りにコンビニがあったのをうっすら記憶していて行ってみた。
下り坂の広い駐車場があって、その奥に沈みこんだコンビニからこうこうと光が溢れている。

スポーツ紙しか無かったので、店員さんに、近くで朝刊の手に入る店はないか尋ねた。

本当はスマホを持っていたので自分で調べることも出来たけどそうしなかった。

結局人に訊く方がはやいと思ったのかもしれないし、なんとなく寂しかったのかもしれない。

店員は親切に幾つか候補を挙げてくれたけど、どれも、宿泊場所から離れる方向ばかりだったので面倒に思えた。
出来ればこっちがわのエリアで無いだろうか、と、地図を指でなぞると、店員は、だったらこれこれの通りの新聞配達所を直接あたってはどうか、と、丁重かつ投げやりに答えた。

あーなるほどそうですよね...というようなことを口の中で呟いて、そそくさとコンビニをあとにした。

もうとっぷりと日が沈み、都会の薄い空にも、ちらほら星が瞬いていた。

2011年12月2日金曜日

あんた、どうして

蕎麦屋。
連れの男は70年代風。
彼、蕎麦ではなく剣を呑みながら話すもんだから、気になって、さっぱり話に集中出来ない。

2011年11月26日土曜日

千葉≒ロンドン?

登校してみると、隣の学校が慌ただしい。マスコミが来ていて、マイクを向けられた生徒らしい女の子が「うちの学校にUFOなんていません」と答えているのが聞こえた。

隣はすごいことになってるなと思いながら校門をくぐると、帰っていく前田司郎とすれ違いそうになり、気付いたら、「今日なんかあったんすか?」と声をかけていた。
前田司郎は、「昨日のアレで、今日は全講義中止らしいよ。」とかなんとか言った。アレがなんだったか思い出せないけど、ハリケーンかなにかだったと思う。

私はへえそうなんだーとか相槌打ちながら、彼の横を歩き出した。
今を逃したら彼と話せるチャンスは二度と無いと思い、必死で話題を探した。
「前田さん千葉から帰って来たんですね」
そう言ったあと、見ず知らずの人に自分の名前や行動を知られていたら不気味かも、と思い、
「ツイッターで見たんですけど」
と付け加えた。
それから、心の中で
「あれ、千葉だっけ?」
と、疑問を持ったが、他の地名は出てこなかった。

目覚めた今なら、本当の前田司郎はロンドン滞在中だとわかるが、夢の中では思い出せなかった。

彼はその話題に無関心らしく、ああ、とかうん、とか、生返事を繰り返した。

前田司郎の髪型は、坊主の上部だけをのばしてポマードでかためていた。

そうこうするうちに、芝居の稽古場まで来てしまって、私は入団希望でもなんでもないのに、稽古を見学したいと願い出た。

稽古場で、今夜の芝居のチケットを買った。
団員の中にナカジマさんがいて、稽古終了後に私のCDをかけた。

2011年11月23日水曜日

港町

11月12日の夢

東京の浜辺付近にチャリで出かけた。
なんとなく一人旅。
夕焼けの港町、おばちゃんがおばちゃんを追いかけてる。
追い付いたおばちゃんが、笑顔で何か渡す。お釣りでも渡してるのかな。なんとも微笑ましい風景。

近づいて、おばちゃんになんの料金なのか尋ねてみると、
「場所代」
という返事が返ってきた。

「綺麗な衣裳をね、預かってあげてるの。この辺の人は綺麗な服を置いておける場所なんか持ってないからね。」
と言って、おばちゃんは長屋の一室を見せてくれた。
質素な畳の部屋に色とりどりの衣裳が並んでいる。

「ここに服を預ける人はクローゼットを持ってないと言うことですか?」

そう尋ねると、おばちゃんは笑顔で首をふった。

「クローゼットというか、部屋を持ってないの。それぞれの小さなテリトリーを持っていて、そこの地べたで眠るの。」

私はおばちゃんの話にショックを受けた。日本は宝くじなんか今すぐやめて、この人たちを援助するべきだと思い、何故だかひどく宝くじを憎んだ。

同じ長屋の一部屋に人が集まっていた。部屋の中には蛇皮線の音が聞こえており、壁に詩を書いた紙がはりつけてあった。

私はなんとなく蛇皮線の音に合わせてその詩を歌ってみた。
そうしたら半小節後に、蛇皮線奏者が本当の節まわしで歌い始めた。

歌はとても美しく、私が付けた、間抜けくさい節まわしとのギャップが凄かった。
人々の間からくすくす笑い声が聞こえた。折角素敵な歌なのに私が台無しにした。蛇皮線奏者に申し訳なくて、恥ずかしくて、穴があったら入りたいくらいだった。

その後もその部屋では演奏会が続いた。中には、前にライブに行ったことのあるアーティストもいた。

トリはウェディングドレスに身を包んだ中年男だった。

演奏会が終わって交流会みたいのがあり、アーティスト達とも少し話した。それに、演奏を聞いていたグループ旅行中の女の子達とも仲良くなった。彼女達はアーティスト達の妻や彼女らしかった。子連れや年寄り連れの子もいた。

夜も更けて寝る仕度をしているところに地震が起きた。始めに少しガタガタ揺れて、そのあとゆっくり大きく二揺れした。

地震は大したことないけど、海辺地域だったので、みんな店をたたみ、シャッターをおろし、黙々と逃げ出した。
誰もテレビもラジオも持っていなかった。
私もグループ旅行のみんなと一緒に逃げた。

茶系

サカナクションのオフイシャルサイト内に、ウェブマガジン「テクテル」創刊!
あれ、「テルテク」かな?
ロゴはHelveticaで色はダークアンバー。

黄土色の碁石みたいなのが沢山綺麗に整列して、電光掲示板みたいに明滅している。

茶色の旅行鞄。木造ボートで時間旅行。未来のどこかで待ち合わせ。

2011年11月18日金曜日

あげたりもらったり

ライブ終了後、ポンポンを持った私は楽屋前の通路で待たせてもらっていた。
スズランテープを割いて作ったポンポンには大量の万札が織り込まれている。
これを、お目当てのミュージシャンに渡すのだ。
彼らは今ピンチなのだ。
だから私が寄付を募ってお金を集めてきたのだ。

ビッケさんとケイちゃんも来た。二人の手にもポンポンが握られている。
赤・青・黄色の原色が目に鮮やかだ。

ミュージシャンたちがやってきた。
スペアザとかハナレグミとか…

私たち3人はミュージシャンの群れの中に彼を見つけて走り寄った。
RHYMESTERの宇多丸か、サンプラザ中野か、なんかそんな感じの彼。
井手らっきょだったかもしれない。
とにかくスキンヘッドのその彼は、
「あ、どうも」
と言って、さっさと行ってしまった。

そのそっけなさに、私は物足りなさを感じた。
自分たちが好きで勝手にやったことにもかかわらず、彼の態度が不満だった。
ケイちゃんが
「ま、そんなもんだよね。」
と言った。
帰り道、私たち3人は無言で歩いた。

そこは旅先だったのだけど、ケイちゃんはそのまま家に帰って行った。
私とビッケさんはもう一泊していくことになった。

次の朝、ブランチを食べに外へ出たら、レストランで
「○○シリーズの全てを今日一日無料で手に入れられる券」
というのが当たった。
○○が何だったのかどうしても思い出せないけど、その地域でしか手に入らない何かだ。

私たちは興奮して○○を探し歩いた。
最初に入った店で、いきなりシリーズの4までが手に入った。
淡いピンクのが3つと黒が一つ。
お店の人は、とても愛想がよかったけど、無料券を見せたらがっかりしたみたいだった。

その後はなかなか○○がみつからなった。
見当を付けるために、私たちは駅地下をぶらついた。
見当を付けるために、ビッケさんが電気ポットの大きさを調べていた。

そのあと国道沿いのスーパーで5つ目が見つかった。
「こんなに薄いなんてがっかり」
とビッケさんが言うので見てみると、それはエドワードゴーリーの「うろんな客」を2冊重ねたくらいの大きさと薄さの本だった。
色はグレーっぽい。
「普通の本屋じゃなくて、セレクトショップとかでおいてる雑貨とか当たった方がいいかもですね。」
と、私は言った。
通りすがりの少年に、近くにスーパーかモールは無いか?とたずねると、この街にスーパーはこの1軒しかないと言われた。

2011年11月15日火曜日

ロープっ

一瞬だけ、ダブルダッチの夢を見た。

(多分)一番基本の、2本のロープを逆方向に回しているところに入って抜ける試み。みんななかなか成功しない。
私も挑戦したかったけど、人に順番を譲ってるうちに、廻し手になっていた。

2本のロープを同じ方向に、タイミングをずらして一回転させ、スパイラルさせて2本ともずらして逆に回す。

なんていう技だか知らないけど。

まわす方にも技があるのだな。

どうしてこの夢見たかな?
OYAのロープばっかり聴いていたから?
もしくは繋がって続く綱のような「つ」のイメージを追っていたから?

吐く息も昇る煙も朝霧も
纏めていく白いロープ

2011年11月11日金曜日

Nationはわからない

雑木林在住のとき。
いつもの遊び場(狩り場?)に出かけると、外国人が倒れていた。
仮死状態のようだ。
みんなで力を合わせて体を運んでいたら、途中で目を覚ました。
外国人は日本からきた科学研究者らしい。何かの争いで、誰かに陥れられたらしい。
彼は体力回復したらすぐに、巻き返しをはかりに日本へと帰っていった。

*****

川原を歩く。
一緒に歩いてる男はとても気持ちの良い奴だ。
彼に電話がかかってきた。
誰かが、彼には女優でシンガーの彼女がいて、とても彼女につくしている、と教えてくれた。
私はぐっときて、世の中こんな献身的な男の人がもっと沢山いればいいのに、と思った。

*****

水着のおばちゃん達が、メタボな自腹で雪山を滑り降りている。
そうゆうお祭り。

若者たちが寒さでどす黒くなって震えているのに対し、おばちゃん達の弾ける笑顔が対照的である。

おばちゃんたちは本当に楽しそうだ。

2011年11月6日日曜日

フラグメント

11月3日の夢

年の瀬
冬休みの学校
留学生の蒸しパン(カップケーキ?)ココア味
木琴

湖の声

11月2日の夢

古い旅館に連泊中、上品そうなおばあさんと仲良くなった。
窓からは暗い湖が見えていた。
都会の真ん中に取り残された湖。

おばあさんとはとりとめない話が続いた。
好きな食べ物や、互いの身の上話など。

本当は自分は出かける用事があったので、もうお風呂に入りたかったのだけど、おばあさんの話は終わる気配がない。
話題はおばあさんの幼年時代。

「丁度この街の人口が、経済成長で爆発的に増えた頃のことよ。3000人くらいだったのが4,5年で29万人まで増えたの。私はまだ子供で、この湖によく泳ぎに来た。
 ある時、随分奥の方まで泳いで行って、それで、湖の声を聴いたの。」

おばあさんの語りに合わせて、少女が薄暗がりの湖で泳ぐ映像が広がった。
けれど、「湖の声」とやらが上手く想像できない。
目を閉じると、湖面を這う夕霧がまぶたの裏に浮かんだ。
低く静かな声が聞こえた気がした。物悲しげな、言葉を持たない声。

そのイメージは怖いような、淋しいような不思議な感じがした。

おばあさんになんとか暇を告げて風呂に入るところまでこぎつけたのだけど、そのあとイーラとかその友達とか出てきたのだけど、そこら辺はよく覚えていない。

「もう起きなきゃ」って思いながら二度寝した、朝方の夢。

2011年10月28日金曜日

構内

モスクワ留学中のこと。
大学と駅がくっついている。
くっついている駅はシャルルドゴール空港。
空港の外の街並みは、五反田にそっくりである。

私はコモリヤさんと、駅構内の食堂で、店員が注文をとりにくるのを待っている。
待てど暮らせど店員が来ないので、カウンターに行ってみると、学生達がむらがっている。
どうやら学生達の注文や要求を、店員が拒否しているようだ。

大人の私たちは、すましがおで社員特権の濫用を試みた。
しかし
「私達ここの社員です。カレーをください」
と言っても、店員は顔色ひとつ変えるでもなく、無愛想に
「そのサービスは廃止になった」
と言い放って奥に引っ込んだ。
あそうか、ここはロシアだった、と思った。
仕方がないので私達は食堂を出て大学構内をぶらつくことにした。

古い音楽室を見つけた。はしゃいでモーツァルトのメヌエットをひいたら、鍵盤の同じところの色が剥げていた。みんながみんなメヌエットを弾くせいだと思った。
カシオトーンもあった。
弾いてみると、レイハラカミの曲みたいに弾けて、めちゃめちゃ気持ちよくなった。
あまりに気持ちよくてずーっと弾いていたので、一緒にいた人たちは引きぎみだった。
カシオトーンは大きいのと小さいのがあって、大きい方は汚れていた。
よく見てみると、チエリちゃんとカズキくんともう一人知ってる女子の名前がイタズラ書き風に書いてあった。
カシオトーンが自分達の学校のつかいまわしであることが判明した。 一気にみんなテンション上がった。

その後飛行機に乗って帰ることになったが、空港に行く途中、トイレに行きたくなった。

劇場風の講堂と入試課を抜けて用をたし、急いでターミナルに戻ったら、トイレに飛行機のチケットと、茶色いセカンドバッグを忘れてきてしまったことに気づいた。

折角待っててくれたトイヤさんに先に搭乗するように言って、もう一度、劇場風の講堂を抜けて、入試課の前を通った。

入試課はナースステーションみたいな雰囲気で、ここは病院併設の医大なのか、と納得した。

カウンターには医者の顔写真が貼ってあって、「停職中」と書いてあった。こころやさしそうな顔の医者だった。権力争いに巻き込まれたのかな、と思うと気の毒になった。

室内にはたくさんの、白いウェアを着たおばちゃん達が詰めていた。多分ヘルパーの人たちだ。みんな、もう殆どおばあちゃんだった。

日本はどうなるのだろう、と思った。

2011年10月27日木曜日

Falling

25日の夢
美術館のレストランで食事をしていたら、別のテーブルにノエちゃんがいるのが見えた。
声をかけようか迷ってのろのろしていたら、仲間においていかれそうになった。
みんなが先に行ってしまったので、慌てて席を立った。
エレベータには、私の他に一人しか乗っていなかった。
マッチ箱みたいな形のエレベーターで、横に一列で乗るしかない。
でも二人しか乗っていなかったので窮屈ではなかった。
エレベータは何百階もの高さを急降下することになっていた。怖いかなと思ったけど、外の景色が見えなくて、あまり実感がわかなかった。
ただ、落ちていく感じがものすごく気持ちよかった。

エレベーターから降りると田園が広がっていた。
そこで、すぐ隣にノエちゃんが座っているのに気付いた。
今度こそ声をかけようと思って
「お誕生日おめでとう」
と言った。
振り返ったノエちゃんはちょっと劇画タッチだった。
「え、私お誕生日だいぶ前だよ」
と彼女が言ったので、私はごめんとあやまった。

2011年10月25日火曜日

フラグメント

放課後
電話
殺人鬼
取引
ラーメン屋
Amin

Aminと叫んで目覚めた。
Aminは、バンコクで働いている。
メールのやり取りだけで、顔も声も知らない彼女(彼?)がどうしてこのタイミングで夢に出て来たんだろう?

2011年10月18日火曜日

2011年10月12日水曜日

化学っぽい

ウヨの乗ったロケットが落ちるという話を聞いて、ウヨのお母さんと、慌てて見に行った。

大気圏に入ったロケットがオレンジ色に染まるのが見えた。中学の理科で化学反応は一度始まると温め続けなくても最後まで続くということを学ぶために使った物質が、炎は出さずにゆっくりと赤くなっていったのに少し似ていた。

ロケットは不時着出来そうで、乗客も全員助かりそうなので安心した。

*****

尿検査に異常があって、正常値に戻るまで残業しなければならない。
しかし検査すればするほど結果は悪化して、終いには、自分が糖尿で、しかも足の付け根から義足であることに気づく。

これじゃ太股にインシュリン注射もできないからどうしようもない....

と思うと血の気がひいて、私はその場に四つん這いになった。

起きて思った。
実際、orzって、失望のジェスチャーとしては夢の中くらいでしかやらないかもな。

2011年10月9日日曜日

正直な申し開き

海外に行く前にちょっと自宅に寄る時の話。

飛行機に遅れそうなので、急いで電車から降りたものの、切符を何処かに落としてきてしまったらしい。

というか、荷物を何一つ手にしておらず、バスタオルを体に一枚巻き付けただけである。

このままでは改札を出られないので、駅員さんに必死で説明した。

『今自分は一文も持っていない。しかもすぐにアメリカにたつので自分で切符代を持ってこようと思ったら数年後になってしまう。だから妹に、代わりにこの170円を支払うように言い含めておく。ただし、私本人が払うわけではないので、妹が確実に速やかに支払いをしてくれるという確証は持てない。それでも今ここを出られなければ私は飛行機に乗り遅れてしまうので、なんとか信用して、ここを出して欲しい。』

その間頭の中では、
『お金も着るものも無くて、どうしよう...いや、家に戻ればどこでもドアがあるから、それで寮に戻って、荷物をピックアップして、すぐに空港に行けばなんとか飛行機に間に合うはず...』
などと、せわしなく考えていた。

どこでもドアあるなら、それでアメリカに言っちゃえばいいのにね。

女の駅員さんは私を信用してくれて、なんとか改札を出ることが出来た。

2011年10月6日木曜日

性別は謎のまま

フクヤママサハルかベッショテツヤの子供が無気力症候群に陥ってしまっている。
子供は学校に上がるか上がらないかくらいの年頃。
私は知り合いのおばさん的な位置づけなのか、お宅にお邪魔して子供と接している。
子供は最初はなにを話題にしてもまるで興味も示さず、生きていてなにが楽しいのか…といった風情。
けれども話すうちにだんだん元気を取り戻してきて、私の話にものりはじめた。
そのうちTV(番組じゃなくて、電化製品としてのTV)の話になって、私が意気揚々と
「このテレビのOSDは30言語以上に翻訳されてるんだよ!」
と告げると、子供はポカーンと口をあけた。
しまった、こんな大人の話、子供に面白いわけないか…
そう思ったのもつかの間、子供は
「イタリアとか?」
と、国の名前をあげ始めた。
どうやら大好きなサッカーのチームを思い浮かべているらしい。
「オランダとか?」
「そうそう!」
「スペインとか?」
「そうそう!30か国語だからまだまだあるよ。」
だんだん二人とも興奮して来る。
「えーと、フランス?」
「そうそう!まだまだヨーロッパのチームしか出てきてないよ!」
私がそう言って煽ると、子供はうーんっと唸ってから
「ニカラグア?」
と言った。
予想だにしていなかった答えに
「ニカラグア…」
と力なくただ繰り返してしまった私。
頭の中では、ニカラグアってどこの国?そして何語?と考えてるようで考えてない。
疑問の字面をなぞるだけ。

それで、その子供が、中東に住んでいる祖父を訪ねることになる。
(ここら辺からは私は夢に登場しなくなっている。)
乾いた風の吹く昼の陽中、白壁の迷宮に入るとどこまでも通路が続く。
子供のおじいさんは、青いタイルの半地下の部屋に坐している。
白い服と白いターバン。
異国の歌を歌っている。
子供は、聞き覚えのあるその歌を、無意識のうちに口ずさむ。

異国の言語なので私にはさっぱり意味とかわかんない感じで、なんかやたらとチに点々のほうの「ヂ」って発音が出てくるように聞こえた。

その青いタイルの部屋には、おじいさん以外にも沢山人がいて、中でも壮年の、ちょっとうまく立ち回りそうな雰囲気の男が、この、アジア人の顔をして、自国の歌を歌う子供に興味を示している。
彼は優しそうに近寄ってきているが、この子供を利用しようとしているような気がしてならない。
子供は第6感で、不穏な空気を感じ取りながらも、その優しいおじさんにどう接していいかわからずにいる。

2011年10月2日日曜日

畳の御堂

ミスミンとイックと3人で、クミんちにお呼ばれした。
電車が遅れるといけないってんで、かなり早めに出発したら、かなり早く着いてしまった。
現地でなにかの団体と合流する予定だったのに、完全に時間を持て余してしまった。
クミが近くまで様子を見に来てくれたけど、今家に上げるわけにはいかないと言われた。
しかたなく、私たち3人は、その場で待つことにした。
気付くと私たちは大きな畳の部屋にいた。お寺の御堂みたいた。
お堂なのに畳が敷いてあった。

***

ワイン色の浴槽があった。
お湯がワイン色なのではなくて、バスタブがワイン色。
一人用だけど、中に入って手足を思いっきり伸ばせるほどの大きさがある。
お湯の中で伸びをする。ぷかぷか浮きながら伸びをする。非常に気持ち良い。

お湯がぬるくなってきたので、熱いのを足すことにした。
お湯を足している間にケータイをチェックしようとしたら、間違えてカオリンに電話をかけてしまった。
「あ、間違った」
と思ったけど、もう何年も会ってないし話してもいないし、よいきっかけだと思い、そのままコールし続けた。

カオリンは元気そうだったけど、なんで突然電話してきたのか説明してみたものの、相当不自然な言い訳みたいな感じになってしまって、お互いぎこちないまま電話を切る羽目になった。

そのあとたっぷりお湯を張ったお風呂に再び飛びこんだ。

***

アコちゃんか誰かと、街の小高い所にいた。夕暮れ前。
知らないロシア人たちが銃をぶっ放し始めて、私とアコちゃんは、手前の裂け目に身を滑り込ませた。
私たちはすごいスピードで裂け目の中を滑り落ちていった。
底について、外に出てみると、そこは下町の繁華外で、さっき居た丘がずっと遠くに豆粒のように見えた。
面白い道を発見出来て、すごく嬉しくなった。
暮れかけたそらに星が瞬き始めていた。

2011年9月24日土曜日

両岸のふたり

よく思い出せないけど、女優(なっちゃん?)のどっきり企画かなんかで、ちょっとホラーっぽい雰囲気だったと思う。

それで、女優のばあちゃんが、大往生の末、いまわの際に残した
『夫婦というものは川の両岸のようなものだ。決して離れることなく一つの流れに添って相対するが、それ以上接近することもない。一年に一度、交わるところがあるくらいが丁度いい。』
という言葉だけ、鮮明に覚えている。

夢の中ではなるほど!と、深く納得したけど、起きた今考えてみると、『一年に一度...』のくだりは岸の性質としておかしくないか?

七夕的なこと?
季節外れな。

しかし、岸辺のふたりってゆうショートアニメがあったと思うけど、岸辺が単数とは限らないのか。

と思って、そのアニメを今初めて見てみたんだけど、そもそも英題はFather and daughter だった。

2011年9月21日水曜日

脳と血とコーヒー

知能検査をした。ミオちゃんとマイちゃんと一緒に検査会場に行った。
採血された。
血液で知能が判断されるらしい。

検査結果は、数値ではなく、A,Bなどの、レベルで示されるとのことだった。
結果、私の知能レベルは「豚」レベルということだった。

と、言っても、豚と同じ知能レベルという意味ではないらしい。
あくまで、「豚」という名前の付いているカテゴリ―に属するレベルの知能だということだった。

ミオちゃんとマイちゃんは、早々と検査を終えて、私を待っていてくれた。
ロビーにコーヒーマシーンがあったので、三人で一服した。
コーヒーマシーンには

「あなたはコーヒーのためにに100円出すか。」

というキャッチコピーが書いてあった。
私はカフェオレを飲んだ。

2011年9月20日火曜日

粉を固める剤

ソレイユの丘的なところに家族旅行的な体で訪れている。
山羊と戯れる、轆轤を回すなどなど、各種取り揃えられたイヴェントにみんながいそしむ中、私は特にやりたいことも見つからなくて、暇潰しに、黒板や黒板消しに付いたチョークの粉を集めて固めてもう一度チョークにする試みを始めた。

粉を集めるまでは順調だったが、どうやったら塊の状態にできるのかが分からない。

木工用ボンドを混ぜるのか、湿らせて天日干しにするのか...

試行錯誤していると人が集まって来て知恵をかしてくれた。

で、落ち着いた意見が、セロテープで巻いて置いとけば固まるというものだった。半信半疑だったけど、その意見に従った。

日帰り旅行だったので、固まったかどうかは確認できないまま家路についた。

帰り道中、道の駅てトイレ休憩して車に戻ると、弟の一人がオグリシュンだった。

私はオグリシュンに向かって
『もっとつめてよ』
と、かなり不機嫌な感じで言った。オグリシュンもかなり不機嫌な感じで舌打ちしつつ、奥につめた。

2011年9月17日土曜日

見栄

ウクレレキャンプみたいなものに参加。
自分が弾く番が回ってきて、私は張り切ってエスパニョレタスっぽい、例の曲を弾いた。見栄はった。

もう、ボロボロだった。

つっかえすぎて、何拍子か判じられないほど。
13小節目くらいまできたときに、誰かが
『ああ、何の曲弾いてるのか、なんとなくわかったよ、うんうん。』
と言った。
多分私を喜ばせるために、気をつかって何かコメントしなきゃと思ったんだと思う。彼は。

悲惨な心持ちになって、気を紛らわそうと、みんなの職業を片っ端から聞きまくった。となりのおじさんは自衛隊だった。

2011年9月12日月曜日

伝説気分

いいぐあいにふるめかしい建物。統一感があるようでないような軒並み。壁を這う蔦。
ここはどこだろう?北大のようだけど。

歩き続けると、見覚えある建物に行き着いた。
ニワトリの一本足にのっかったキノコ型のおうち。昔務めていたレストランだ。

懐かしさに押されて入ってみれば、ユニークなキャストが次から次へと現れる。
すごいことになってるな、このレストラン...

思っていると、ある店員が私を見てたまげた顔をした。
『さやかさんだ...!』
『あの、伝説の、黎明期のキャストの一人だ』
等と囁き交わしながら、みんな私のまわりに集まってきた。

私は店の立ち上げメンバーとかではなく、たまたま、タイミング的にオープニングスタッフだった、ただのバイトだったので、そんな風に敬意と憧れの眼差しを向けられて、申し訳ないことこのうえない。

当時のこと聞かれたりして、恐縮しながらボソボソ答える。

店内の右手奥に目をやると、昔は、別室に通じる押し戸があったはずのところに板が打ち付けてある。
奥の部屋は使っていないのかと訪ねると、誰も奥に部屋があることさえ知らないようだ。

『いや、昔ね、私、間違えてそこの壁ぶちぬいちゃったことがあってね、それで、折角だから部屋を増築しようかってことになってね...』

説明しながら、今考えると確かに、我ながらとんでもないことしてたな、伝説とか言われても仕方がないかもな、等と思った。

早速打ち付けられた板をはずしてみると、全面空色の個室が現れた。
壁の一つにはミフネトシロウ等の肖像が並んでいたような気がするが、そこら辺で目が覚めてしまったのであまりよくわからない。

羞恥心対策

ラフォーレからブックオフに向かっている。手にはマンガの入った紙袋を持っている。

後ろを歩いている男の子たちがマンガを見とがめて、くすくす笑っている。

恥ずかしくてたまらない。

ブックオフに着くと、そんな私の羞恥心を見抜いたアフロメガネの店員が、
『太れば恥ずかしくなくなるよ』
と言ってくれた。
店員のポッチャリしたお腹が頼もしく感じた。

2011年9月5日月曜日

水上スキー

父と車に乗っていたら見覚えのある風景。
確か、この斜面は、冬になって雪に覆われれば、スキーにもってこい。
『お父さん、ここスキー場だよね!前来たことあるよね!!』
とはしゃぐ自分はローティーン。

興奮するうちにも、地面はすっかりパウダースノウ。
すかさず板はいて滑り出す私。
雪は勢いよく、柔らかく、波のようにうねって、私は板のまま滝壺に飛び込んだ。

バシャンと落ちて、氷の川がメラメラ割れて、氷面からのぞいていたサメのヒレが動き出す。

スキーでうまくかわしたけど、すれ違いざまにはゾクッと来る。けれどサメと思ったのは実はくじらで、尾びれが優雅にしぶきをあげて、私は水の外に投げ出される。

打ち上げられたのはサトウ商店の前の交差点で、役場の方からは、黒装束に仮面をつけた宗教団体が、ボンボン太鼓を叩きながらこちらへ向かってくる。

正面からは白地に赤刺繍の子供をわんさか引き連れた若い男がこちらに向かってくる。

残りの角では山本モナとフジイフミヤがパーティーに行く口約束を社交辞令なのかどうかお互い探り合いながら取り付けている。

私はこんなところで一人水着なんか着て気後れしそうだったけど、胸をはって、なんでもない顔する。

はっと見ると、自分の両膝のうえに乳首がついていることに気づいてうろたえた。

とてもショックだったけどすぐにまいっかと思った。

2011年9月4日日曜日

バスタブ、露天

転職セミナーの主催者が私に打ち明けてきた。
セミナー参加者の一人に恋をしていると。
次のセミナーの時に告白するつもりだと。
バスタブを横付けに並べて、私も主催者も、裸でそれぞれのお湯に浸かっていた。
天井には彼が好きだという、セミナー参加者女性の等身大画像がはりついていた。
濃いピンクのワンピースと亜麻色の長い髪が風にそよいでいる。
観月ありさとかデヴォン青木に似た美人だ。
私は、私の妹だって負けないくらい美人なのに...と思った。
そうしたら妹が現れたが、髪はボサボサ、服はボロボロ、全身泥だらけだった。

その後、末の弟が理不尽な苦役を強いられている場面が見えて泣きたくなった。

*****

どこか、近所の有名な神社を訪れた。
ビッケさんとケイちゃんと3人。
まだ時間があったので、映画を観ようということになった。
家の近所だったので、確かこっちのほうに映画館があったはず、と、私が覚えていて、そちらへ向かった。

途中でさつまいもの生菓子を売っている店があった。
ケイちゃんが一掬い買おうとしたら、店員さんが
『芋羊羮も社の近くに売っているよ』
と教えてくれた。
ケイちゃんは、芋羊羮の方がいいけど、映画のあとだとお店がしまっているかもしれないのが不安だと言った。
私は、じゃあ、今はこのさつまいもの生菓子を買っておいて、もし芋羊羮も手に入ったら、この生菓子は私が買い上げる、と言った。

お菓子の件はそれで解決したが、どうやら私達は道に迷ってしまった。

人に道を尋ねることにする。
男が二人、別々に前を歩いている。
一人は私の好みのタイプ。一人は明るいおじさん風。

私はおじさんの方に声をかけた。
よくみるとおじさんは黒人で、何か食べながら、訛りのきつい英語で、自分も迷子だ、というようなことを言った。

それで私達は彼も道連れにして、もうひとりの男に声をかけた。
彼は道を知っていて、彼も道連れになった。

ビッケさんは道端飲み物を売るワゴンで、
『あれください、なんだっけ、あの、びのつく飲み物』
と注文していた。
店員さんが
『ビールですか?』
と尋ねたら
ビッケさんがそれを否定し、水の種類だ、と説明した。
店員はよくわからないみたいだったけど、とにかく水を出してくれた。

びのつく飲み物って、なんだったんだろう。エビアンかな?

2011年9月3日土曜日

誤睡

出向になってしまった。
出向先が高校だった。
仕事内容がいまいち謎だが、セーラー服を着なければならない事実に戸惑った。

や、ちょっとそれはおかしくない?ってゆうか無理があるってレベルじゃないよね..
と思ったけど、同僚とか上司はなんの違和感もないらしく、学校に出向なんだから当たり前っ感じにふるまっている。
みんながあんまり普通にしてるから、抵抗感持ってる自分がおかしいのか?と思えてくる。

しかしいくら好きな仕事とはいえ(なんの仕事かわからんが)、そのためセーラー服着れるか?
と、仕事に対する情熱と羞恥心と不安の狭間で葛藤した。

夜のうたた寝に見た夢
結局なんの仕事だったんたろ?

2011年8月28日日曜日

フラグメント

証拠隠滅のために紙を食べる
中庭
着替え
暗殺未遂
変身
ロシア人美女
先生
歌声
中世の塔風レストラン
教室

歌声

2011年8月16日火曜日

サマソニ夢

フックンの婚約者(か嫁) がお姑さんが厳しくて家の中に入れてもらえ ず困っていたので助け ようとしたら私が鬼姑 に捕まって、 ぞうきんがけとかめっちゃさせ られた。
鬼の修業だった。
それでフックンが『よくやった』 と言ったので、誉 めてくれたのかと思ったら、 突然私の左手を 食べ始めた。

びっくりしてよくみたらそれは フックンではなく、MARS VOLTA と同じよう なアフロの台湾人で、 ワシャワシャしたひげ の口でムシャムシャ私の手を食べていた。

今でもよみがえってくるワシャワシャしたヒゲの感触は、夢ではなく現実のものなので、始末が悪い。

もろ、サマソニ体験の影響がうかがえる夢ではあるが、ぞうきんがけのくだりは、『おしん』みたいな昔の雰囲気だった。

2011年8月7日日曜日

担々麺を除去

心臓の検査で引っ掛かって、定期的に病院に通わなければならない。薬ももらって飲んでいる。

そんな日常の中の或る朝、寝ぼけた頭でボーッとテレビを見ていたら、白衣の人々がどっと雪崩れ込んで来た。
拉致された。
行き着けの病院に連れて行かれた。

病院の待合室には人がたくさんいて、その人たちの話によると、ここに呼ばれた者は、直ちに心臓を取り出して検査する必要があるとのことだった。

私は非常に焦って、せめて一本電話をかけさせてくれと看護師に頼んだが、聞き入れて貰えなかったので、人々の制止をくぐり抜けて公衆電話に駆け込んだ。

それから急いで職場に電話して、『今日病院立ち寄りで、出社遅くなります』と伝えたところで看護師に捕まった。

電話も済ませて、心残りは何もないはずなのに、手術台に上がると、なんだか妙に落ち着かない。
あー待って、と、思ううちにも手術は始まり、胸の上をメスが走るのを感じた。けれども部分麻酔が効いているのか、全く痛みはなかった。
出来れば気を失っていたかったけれど、全身麻酔なんかしたら心臓も止まってしまうに違いないと、自分を納得させた。

だから医者が私の心臓を取り出したのもはっきり見えた。
心臓を抜かれたのにちっとも息苦しくない。不思議に思ったけど、よく考えたら呼吸は肺がやってるので心臓は関係無いのか、と納得した。

取り出された私の心臓は、大きめの水餃子にしか見えなかった。餃子にしてはでかいが、心臓にしては小さい感じがした。

その水餃子のひだの部分に、担々麺のカスみたいなのがいっぱいくっついていた。
医者は『これが原因か...』と呟いて、看護師に、その担々麺のカスを洗い落とさせた。

それから手の中で心臓マッサージを始めた。私の餃子心臓はマッサージしているうちに、いくらか人間の心臓らしい形になった。

心臓が脈打ち出すと、医者は、切り開かれた胸ではなく、口に心臓を押し込んだ。最初はびっくりしたが、きっとこの方法なら糸で縫い合わせなくても、管類が自然に繋がるに違いないと、またもや自分を納得させた。

それから胸を綴じてもらい、『もう大丈夫ですよ』と言われたので安心して家に帰った。

2011年8月4日木曜日

虚構カフェ

映画撮影中...なのかな。
みんなでカフェでだべってる。ロブとかアコちゃんとかその仲間たち。
で、誰かがどこかからそれをカメラで撮っているような状況なのかな。

みんなとても自然にくつろいでいるけれども、それも全部演技。

と、私が思うのはなぜか。

中に元気でかわいらしい中国人(役)の女の子がいる。
私はその子が気にくわない。
なぜならその子はかわいいモノクロのボーダーのボレロ風フリフリワンピースを着ていたんだけど、そのワンピースに英語がプリントされていたから。

夢の中の私は、中国人が、英文字を装飾としてかわいいと思うわけがないと信じて疑わず、そこら辺の美観的な役作りの中途半端な彼女のことが気にくわないと。

彼女の役作りに不満を持っている自分がいるから、他の全ても虚構だということになるっていう夢。

てゆうか夢そのものが虚構なんだけど。あれ、『夢=虚構』って、あってる?

2011年7月29日金曜日

既視感の生い立ち

具体的にはなにも覚えていない。

少し幸福で、続きが気になる感じだけを保ったまま目覚めた。
夜の窓から身をのり出して、聞き耳をたてている時のような、静かな高揚と安らぎ。

どんな夢だか一つも覚えていなくても、目覚めた時の印象が強烈で、一日中その感覚に支配されるということがある。

今日も、目覚めた時の感覚が、何度も額や肩を襲来した。
そのたび『あれ、この感覚なんだっけ...』と戸惑う。
一瞬別の場所に瞬間移動したかのような、その場、その時の流れにそぐわない感覚。

この日記をつけるようになって、夢を覚えているよう、意識的にしているから、今日は、このフラッシュバックが朝方の夢のせいだと気づいたのかも。

でももし、夢のことをすっかり忘れてしまっていたら、具体的な記憶を伴わない感覚だけの襲来に、現在の状態を素早くはめこんで、『あ、デジャブ』と錯覚したりするのかもしれない。

2011年7月26日火曜日

アフェア

まず、誰が死んだか分からないところから捜査は始まった。

家の庭。
パジャマパーティーの女の子達、
突然襲ってきた少年ギャング達、
お父さんの知り合いで、何かを借りに来たおじさん、
お手伝いのおばさん(ヒスパニック系でアクセントが違いすぎてなにいってるかはわからないため、英語で話しているのに彼女だけ字幕つき。しかも入浴中)

この人たちがほぼ同時にやって来て、なにかしら起こしていったので、何がなんだかわからない。

お手伝いさんの証言から推理して、女の子が窒息死してると判明。

ここで一度目覚める。
ゆれ。

放課後の生徒会室
周りは私がナカジマくんのこと好きだと思っていて、私に協力しようとしてくれてる。
だけど私は別にそんなことなくて、周りに言い出せずにいる。
ナカジマくんも私に好かれてると思ってて、私のこと、自分の駒かなにかみたいに思ってる。

だから私がオーちゃんと楽しく話してるのが気にくわないらしい。
教室の外に呼び出されて、
『あんな筋肉バカと話して何が愉しいんだよっ』
とかなんとか文句言われた。

『愉しいんだもん、オーちゃんすごいいい人なんだよ』

と言い返すと、
『あ、そうなの?』
とか言って、ころっと態度が変わって、
『じゃオレもオーちゃんと話してみよう』

と言ってはしゃぎだした。
私はなんかちょっと物足りないような気がしたけど、ナカジマ君が楽しそうだし、結局すっかり嬉しくなっちゃって、オーちゃんや他のみんなと楽しく遊んだ。

手足を、昔のアニメみたいにグルグルになるまで振り回してはしゃぎまわった。

現実世界のナカジマくんとオーちゃん、二人とも、夢のなかとはいえ、なんかごめん...

2011年7月25日月曜日

改築による庭

キムラ先生のうちにレッスンにいったら改築したとかで、二階への上り口がなんだかよくわかんない感じになっていて、おろおろしてたら上からナカジマさんの呼ぶ声が。

上がってみるとそこはミイちゃんちの二階で、しかしやっぱり改築されていて屋上庭園が目に鮮やか。
ミイちゃんちなのに、ユウちゃんのお父さんが自慢気に改築部分を説明している。彼によると、かなり収益が見込めるということだ。

あと、Mootekkisのマイクが出てきた気がする

20日のフラグメント

別れた二人が同じ携帯に機種変
男の子の方は友達が別クラスでいじめられてるかもしれないことに気付かないふり

先輩を糸でさして『釘』を何度も打ったという手紙

7巻までdvdを見て、8巻を観ようとしたら、続きが書きかけのノート状態。自分が作者だから、自分で書き終わらないと観られないと気づいてがっかりする。

風雲たけし城みたいな番組で、賞金が1200万と言っていて、バブルはいいよな...と羨む。

2011年7月21日木曜日

金髪の双子

立派なお屋敷に金髪の双子少年が住んでいる。

彼らをつれ出すことが、私のしごと。

と言っても、奪取とかのような大それたことではなくて、穏やかに正面から迎えにいくんだけども。

メイドのおばあさんに通してもらって屋敷の奥へ入っていくと、彼らが螺旋階段のところで追いかけっこをしていた。
金髪の双子は、長い髪を3分の1緑に、3分の1を紫に染めていた。
どうしてそんな変な色に染めているのか尋ねると、

お母さんが髪の毛を短く刈ることを許してくれない。変な色に染めれば怒って切られてしまうかもしれないと思って染めてみた。
でもやっぱり髪の毛を切ることは許してもらえなかった。

ということだった。なんだか子供たちが不憫に思えて目頭が熱くなった。

2011年7月19日火曜日

願望

争う声が聞こえてきたのでベランダを開けると、同じアパートの左斜め上のベランダで、女の人が打たれていた。

『やめなさいよ』

と叫ぶと、男が下に降りてきたので追いかけたベランダの奥には広大なコンフリーの植わった庭が広がっていて、私はその中で男を捕まえた。

男になんで殴るのかと問えば、あーだこーだと理由を並べる。私は『その時どう思ったの?』とか、根掘り葉掘り聞いた。男はしゃべっているうちに興奮が覚めてきたようだった。

夢の中の私信条は、『言いたいことを言葉に出来ないとき、人は暴力に走る』というものだったので、これだけ話せれば男の暴力も解消されるだろうと満足した。

二人で夢中で話していると、『監視員』が現れた。向こうはまだこちらに気付いていない。夜庭に出るのは禁止だったので私達は一目散に逃げ帰った。

***

マツに
『改札出たら真っ直ぐ来て。そしたら寺があるから。』
と言われたが、改札を出たら左と右と前に、3本の道が真っ直ぐ伸びていて、どっちに行けばいいか分からない。

まわりには寂れた商店街が少しと、あとは水田ばかり。
水田の中で遊んでいる子供たちに、寺がどちらの方か尋ねると、左の方だと教えてくれた。
そこへ父親らしき人物があらわれた。知らない人と話してはいけないと、子供たちに言うのかと思いきや、
『道を聞かれたらもっとちゃんと教えてあげなきゃダメだ』
と、言っていた。

ここは平和な街なんだと感動してしまった。

2011年7月5日火曜日

電車、ホテル、展望台

過去にいた。

現在ならすっかりふるびてるはずの電車(札幌から釧路に向かうやつかな?)がビッカピカの新品ぽい。
電車にサニーデイのヴぉーカルがのってるって言ったらビッケさんに、惜しいけど違うと言われた。
なんかもっと一杯なにかあった気がするけど思い出せない。

過去世界はセピア色ではなく、夕闇色だった。

誰かの結婚式で、札駅のホテルに、サオちゃんとトシコと3人。
はしゃぎ過ぎて誰かのスーツの着替えの上にラーメンの汁をざっぷりこぼしてしまった。

非常に絶望的な気分になり、さっきまでの浮かれムードが嘘のようだ。

着替えの持ち主を探してウロウロしたが見つからす、戻ってみると人がいっぱいいた。
例のスーツを持っている人がいた。サジさんだ。なかなか言い出せず、じっと見つめるとサジさんは目をパチクリさせて、告白される直前みたいな表情をした。

告白は告白でも罪の告白をすると、サジさんはがっかりしたようだった。

『ああ、なんだ...今日着ないからいいよ』
と言ってくれた。せめてクリーニング代だけでも持たせてくれというと、そこは素直に
『じゃ頼む』
と言った。

サオちゃんが
『でもここホテルだし結婚式の客だって言えば無料でクリーニングしてもらえるんじゃない?』
と言ってくれた。
ホテルのクリーニングに出してみたら確かにただだった。

道すがら、建物から出ずに、展望台に直結する道が出来ているのを発見したので、登ってみようということになったところで目が覚めた。

2011年7月1日金曜日

大人になった哀しみ

学祭に弟妹たちか、子供たちかを連れてきていた。映画を一本集団で観たあと、管理人室のようなところに忍び込んで子供たちを寝かしつけた。

本当なら学祭で、活発に行動しなければいけないのに、サボりたい気持ちでいっぱいだったから。

サボっているのが見つかるのを不安に思ってはいたが、サボリ自体には全く罪悪感を感じなかった。

若い頃の私なら罪悪感に震え上がっていただろうにと思うと、大人になった哀しみが身に染みた。

誰にも見つからずに(部屋を出てトイレに行った時はスリルがあった)サボリを遂行したあとは、子供たちをmath contest に出場させた。4人の子供たちはみんな優秀で、チームでも個人でも圧勝した。

お揃いの紺ブレにお揃いの金メダルが可愛かった。

2011年6月29日水曜日

プッシュボタンベイビー

加瀬亮氏が夢に出てきました。うれしいな。髪の毛なぜか緑だったけどね。
詳細は覚えていない。

他に
浅野忠信
野村沙知代
小泉考太郎
が出てきたのは覚えてる。小泉さんは野村さんの息子さんだった。

あと覚えてるのは
写真館
旅館
隠し部屋
プッシュボタンベイビー
女将
従業員

プッシュボタンベイビーっていうのは、何か、ボタンを押すためか何かの目的のためだけに人工授精で生産された赤ん坊のことで、女将がそれを引き取ったんだか、産んだけど手放せなくて育ててるんだか、なにかそんな感じだった。

2011年6月24日金曜日

結局Yomopponは生物なのか

11階に用事があって、誰かと二人でエレベーターに乗った。
エレベーターはドアが開いたまま、地上数メートルのところを水平に移動し始めた。
どうやら建て替え中とかで、別棟までエレベーターごと移動してくれるらしい。
移動中行き交う人々に見られるのが恥ずかしかった。

別棟は暗かった。溶暗の閉架図書室みたいだ。別棟に着いた途端エレベーターは動かなくなった。

11階に行けなくては困るので、どうしようか思案していると、何か、浮遊物体の設計図を見つけた。これで上まで飛んでいける。
私と連れは我を忘れて設計図通りの浮遊物体を完成させた。

しかし喜んだのも束の間、動かし方がわからないことに気づいた。設計図はあっても操作説明書はなかったのだ。
非常にがっくりきたが、ここへ来て、階段で昇ればいいだけのことだと思い当たった。

*****

『これ作っといて』
と突然原稿を渡された。日本語+東欧8言語くらい。各一枚ずつ。コピペで行けると思って安うけあいしたら、全部手入力だという。
焦りつつ、
『大丈夫っすよ〜』
とか言いつつ。入力を始めるが頼んできた本人がじっと見守っているので余計に焦ってタイプミスを連発。
やっとどこかにいってくれた。
と思ったら今度はYomopponが攻めてくる。Yomopponはよもぎ味のポッキーのイメージキャラクターで宇宙戦闘型ロボットだ。赤くて、ごろんとしたフォルムはザクみたい。

ここら辺から話が戦隊モノじみてくる。Yomopponがチェコ人を襲い始めたというのに我らがリーダー(レッド)は
『ほっとけほっとけ』
とか言って、全く立ち上がる気がない。

私が入力してた原稿も、チェコ語のだけ壊されてしまう。
リーダーはそれでもなかなかやる気を出さなかったが、図書館でチェコ関連図書が根こそぎ借りられているのを見て、チェコ語の辞書まで全部借りられているのを見て激昂し、遂にYomoppon討伐に立ち上がった。

というところで目が覚めた。

2011年6月22日水曜日

仮居の窓辺から

一度みんなで長期滞在したことのあるyouth hostelのようなところにやってきた。
取り仕切っている男は茶髪に黒ぶちメガネの優男で、韓国のイケメン俳優を胡散臭くしたような風情だ。
泊まれるか尋ねると、オフシーズンは、一人にしか貸さないと言われた。
うすうす、遠回しに断られているのかな…と思いつつも、鈍感を装い、
「よかった、ちょうど今回は一人で来たんだ」
と、満面の笑みで返したら、泊めてもらえることになった。

客は私ひとり。あとは従業員や地元の人々ばかりで、多少肩身の狭い思いをしながらも、部屋の窓から景色を望めば落ち着いた心もちになる。窓の外は一面の銀世界。
太陽の反射がまぶしすぎて目を空けていられないほどだ。
室内のせわしげな物音と、窓の外の静けさ。

冬にこういうところに来るのもなかなかいいもんだなあ、とひとりごち。

2011年6月20日月曜日

ぼったくりヒッチハイク

知らないオジサンの車に乗せてもらった。
ラスベガスかどこかへ向かう途中のことだ。
まだ目的地にはほど遠いサービスエリアのようなところで、突然
「ここまでで大体2万円」
と、ガソリン代を請求された。
ぼったくりだと思ったけど、そもそもなんの取り決めもせずに車に乗せてもらった自分も悪い。
「現金を持っていない。ATMで金を下ろしてくるからまっててくれ」
と言い置いて、何処かのホテルのロビーに逃げ込んだ。

2万円を払う気はなかったけど、旅の途中で戻ることも出来ず進むこともできず途方に暮れていると、平井大くんにばったり合った。私は知り合いでもない癖に、ファンですとかなんとか言って強引に、大くんの車に乗せてもらった。

2011年5月29日日曜日

真冬のライジングサン

真っ白な会場で、人の群れ、人の群れ。

私は17ヶ月の弟をおぶってスタート地点を探していた。30ヶ月までの子供が参加できるかけっこに弟が出たいと言うので。

最初に着いた集合場所、他の出場者がなんか大きいなと思ったら、7才までの子たちが参加できるかけっこの集合場所だった。

あわてて正しい場所を探したけどなかなかたどりつかない。
時計をみるともうとっくに16時をまわっている。もう間に合わない。思っていても、弟に言い出せない。

確か、yoheyOKAMOTOが、来てるはずだ。入場ゲートに一番近い広場でやるはずだ。弟には黙って目的地を変更する。

ごめんね
ごめんね
ごめんね....

後ろのステージで音楽が始まった。フィッシュマンズだ。真っ白な会場に南の風。

いろんなことがどうでもいい気がしてくる。雪と音楽。それだけでいい。

一面の銀世界で、あんなに暖かかったのは弟が背中にいたからだとは、夢の中では考えなかった。

2011年5月24日火曜日

名前と存在

後輩の芝居を観に帰札した。
場所はあの、マリアテアトロ。私達世代の憧れのマリさんが客入れをやっている。
前の席に座りたかったけど、結構後ろの方に通されてしまい、なんとか前に行けないか、客席を見渡すと、右後方席にアスカちゃんの姿を発見した。アスカちゃんがこういう芝居を観にくることに驚きつつも、声をかけに行こうとしたら、目の前の人がぬっと立ち上がった。

それが、なんとミユキちゃんではないか...
実に高校卒業以来の再会だ。
あれから十数年たつのに、ミユキちゃんは18の頃そのまんま。
「か、変わってないね。」
と思わずどもった。
今はどうしているのかと訊けば、信州で暮らしているとのことだった。
信州でなにをしているのか訊く前に客席が暗くなり、幕が上がる前に目が覚めた。

卒業以来全く接点のないミユキちゃんが夢の中で18の姿のままだというのは、当たり前と言えば当たり前。

彼女は、高校卒業後家族ごと引っ越してしまったこともあり、6 3 3年の学校教育を全て共にした仲間のなかでは唯一連絡をとっていない友達かもしれない。

その彼女が、これまた卒業以来一度も顔を合わせていない大学時代の友達であるアスカちゃんとセットで現れたのが面白い。

というのも、私には物心ついたころから家族同然の付き合いをしている姉妹がいて、その姉妹の名前が、今回夢に出てきた二人と同じ名前なのだ。

脳内で夢が生成される過程は知らないけれども、今回の夢が生まれる過程にこの姉妹が一枚噛んでいた可能性は随分高いきがする。

また、夢の中での物理的な距離が現実世界の姉妹それぞれと私の心理的な距離とぴったり一致しているのも興味深い。

夢が何かのメタファであるとすれば、今回の夢は登場人物の存在と名前の間に別々のメタファが隠れていたように思えてならない。

2011年5月17日火曜日

ケイドロ

男児を二人産んだ。
全然痛くなくて、シュッシュッと生まれた。産声がなかったので慌てて心臓マッサージしたら泣き出したので安心した。
二人は成長し、一人は泥棒に、一人は警察になった。

2011年5月15日日曜日

公衆電話

入院中のこと。
検査の結果、まだ検査が必要になったかなにかで、入院期間の延長を言い渡された。

院内では携帯が使えないため、屋上の電話ブースにつれていってもらった。公衆電話が立ち並ぶ。緑のがほとんどだけど、たまに黒電話もまじっている。

どれもPASMOが使えないため、500円玉を崩さなければならなかった。屋上に連れてきてくれた人に崩してもらって早速電話使用としたら前の人のお釣りがまだ残っている。

返そうとするのに、相手がふざけてからかってくるので返せない。

日本人だと思ったら片言だったのでアジアの国の人らしい。メガネかけててかっこいい。このままいくと好きになりそうだなと思った。

家にやっと電話がつながった。延長のことをなんて話していいかわからずのらりくらりとやっているうちに小銭がなくなってしまった。

2011年5月12日木曜日

穴の中の飛行機

ウチウミさんで飛行機を売っていたのでついつい買ってしまった。
黄色の双翼タイプ、中古で23万くらい。
家に帰るとだんだんバカな買い物をした気がしてきて、いや実家に戻る時は毎回結構乗るしって自分に言い聞かせた。
私がいないときは使わせてほしいと、ツナが言ってきた。その代わり半分出すと言ってくれた。けれども私は飛行機の所有権を独り占めしたかったので支払いの申し出は断った。飛行機は私がないときは好きに使っていいと言っておいた。
車庫には入らないので、山に少し入ったところにあるミミズの穴に置いておくことにした。
飛行機はまだ幼く、巨大ミミズに襲われるのが心配だったため、ミミズは退治しておくことにした。

現れたミミズは、イベリコ豚のハムの、巨大なスライスみたいな感じで、随分平べったいなと思った。今思えば、茶色いはらぺこあおむしみたいな質感だった。

巨大つまようじで刺し殺そうとしたけど、かわいそうになって、というか、自分の手を汚すのが嫌で、途中で辞めた。

ミミズが飛行機に入り込まないように、ドアをしめた。買った時から開きっぱなしだったので、閉まるか心配だったが、案外簡単にしまった。

夢の中では一度も飛行機を飛ばさなかった。

2011年5月6日金曜日

プライバシーに関する権利

第13条
用をたしているときの人の顔を見てはいけない

というのが施行された。
それで、私はふんばっているところを他人に見られたのに、刑務所に入っていて(むしろ刑務所だから他人にそんなところ丸見えだったのかも)それで、恩赦を待っていた。

2011年4月25日月曜日

フラグメント

ホテルの最上階レストラン
エレベーター
飛び降り自殺
逃亡生活
浦島現象
時限装置
カンソーリの会見はパブリック向けではなく、対1企業に向けて行われるのが通例であるとの先輩からの解説
星空と夜景

2011年4月19日火曜日

星の花咲く校庭で

大人の記憶を持ったまま、小学生の体に収まることがこれほど辛いとは。

連日の運動会練習がこんなに苦痛だとは。

毎日並べられて、各種目に選出されたり、チームのリーダーにされたり。目立たないように、友達の陰に必死で隠れても、何度となくお鉢が回ってくる。

鼓笛隊の練習も嫌でたまらない。
校庭には黄色の、星の形をした花が咲いている。その傍らを、ただ、グルグル行進してまわる。重い楽器も持たなくてはいけない。

今日もまた、何かの代表決めに並ばされる。必死で友達の陰に隠れる。あえなく、塩水を顔にかけられる。選出決定...

どうしてこんな目に合わなければならないのか。どうして運動会なんかやるのか。どうして選手決めるとき塩水かけるのか。

大人の頭では、子供世界の理不尽さに耐えられない。

2011年4月12日火曜日

極上のミステリー

のように思えた。目覚めた瞬間は。こんなにしっかりした構成の夢見るなんて...ってちょっと感動した。

しかししかし。
今となっては、覚えているのは...
地下に広がる迷宮じみたアンィーク博物館(歴史館?)
人間を時限的に蒸発させる謎の液体
蒸発させられる運命とも知らず、退屈に微笑む婦人
コカ・コーラのロゴに見えるけど近付いてみると全然違う文句が書かれたLEDの装飾

全く筋がわからない

2011年4月10日日曜日

就活

三人の就活する男の夢を見たが、一人のことしか覚えてない。
彼はタイル掃除をやっていたがあまりピカピカにし過ぎて、これじゃ落ち着かないだろう!とおこられていた。
彼はこの教訓を忘れないためにピカピカのタイルの前で記念写真をとっていた。

その楽譜、コードは

ヨーロッパかどこかの講堂。
舞台裏かなにかで重要な譜面をてに入れた。
どこもかしこもなんとなくセピアがかっていた。もちろん譜面も。

喜びいさんで帰国して、誇らしげに上司(か先輩)に報告したら、彼はお礼を言ったあと少し気まずそうに目を伏せた。

『タイトルも作者もこれなんだけど、探してるのはGじゃなくてAなんだよね』

それから気遣わしげに

『でもこれだって相当重要な発見だよ』

と言ってくれた。
私は、なんだ違ったのか、チェッ...くらいにしか思ってなかったのに、そんな風に気を遣われて、落ち込んでしまった。

2011年4月8日金曜日

クニ

実家に行ってみると、クニが町を出るという。みんなとても寂しがって泣いている。私も、自分が町を出た時の何万倍も胸がいたんで、大泣きに泣いた。

町を出たクニは『五代目』と名乗っていた。

2011年4月5日火曜日

バレーボールでバスケ

そのボールに触ると感染する。女子はもうみんな感染している。男子は知らずに遊ぼうとしている。昼休みの校庭で。先生は高橋カツミとあと二人。

2011年3月29日火曜日

コルク芸人

ネタとネタの間を区切るブリッジとして、コルクの栓を抜き続けるジェスチャーを使う若手芸人。
しかも、栓を抜くときは舞台に背を向けている。
(舞台と言っても、観客が教室で席についていて、芸人は廊下にいて、開いた戸の前に立って芸をする。)
「はい、スポーン!はい、スポーン!はい、スポーン!はい、スポーン!はい、スポーン!はい、スポーン!はい、スポーン!はい、スポーン!ありがとうございましたーっ」
笑いは起こらず拍手だけが起こった。
芸人は気まずそうに戸の左側にはけようとしたが、方向を間違ったらしく、右に方向転換し、観客席から出てきたMCにぶつかりそうになってさらに恐縮していた。


そのあと、黒板に
「この任務がうまく出来なかった人は罰としてポーランドに転勤」
という、社長からのお達しが書かれた。
「ポーランドのどこが罰なんだよっ」
と、こころの中で呟いた時には目が覚めていた。

雪解けのころ

3月25日の夢
ベルリンフィルが福岡公演のリハーサルをキタラでやっていると聞き、慌てて公園を抜けてキタラに行った。夕闇の始まるころだった。
公園にはまだ雪が残っていて、走っていても空気がひんやりとしていた。
キタラの中はとても温かく、ベルリンフィルのリハーサルを聴きに来た人々がのんびりとくつろいでいた。
練習しているホールにはさすがに入ることが出来ず、みんな控室みたいなところでオケの音に耳を傾けていた。別室ではあったけれども、音は十分に聞こえた。
部屋には、カーペットが敷いてあって小学校に上がる前の小さな子供を連れた家族が多いようだった。
暖かい室内、声を殺しぎみにじゃれあう子供たち、まどろむ大人たち、柔らかな音楽。
私もなんだか気持よくて眠くなってきた。

音楽が何だったかは覚えていない。でも春のような心地よい曲だったと思う。
と言っても、春の祭典とかヴィヴァルディの春のような元気な感じではなく、あの、魚の名前の曲みたいな。あれ、なんだっけ。思い出せない。



あ、思い出した。鱒だ。シューベルトの。
鱒みたいな感じの曲だったと思う。
まあ結局、夢の中で何が演奏されていたのかはさっぱり思い出せない。

またしても蛙

3月28日の夢
男子生徒だった。
小学生くらいの女の子と寝れば世界を救えるみたいな話だった。
気持ちよかったけど、学校に気になる女子がいて、少しうしろめたかった。
その、気になる女子より、小学生の女の子の方が数倍美人だったけど。


図書館にいた。民営化してしまっていた。
大げさな特集の棚ばかりが大きく展開され、デシマルコードによる区分けはないも同然。参考図書の棚ががっくり減っており、私が読みたいと思う本があるのかどうか探すこともできない。
こみ上げてくる涙をこらえながら、やたらとカラフルな棚の間をさまよい歩いた。
ここにはあれがあったはずなのに…
そう思うたびに熱いものがこみ上げてきて、我慢しているつもりだったのに顔がぐしゃぐしゃになるほどめそめそ泣いていたらしい。
司書が寄ってきて慰めてくれた。黒縁めがねにカリフラワーみたいな髪型の女の人だった。
一階には食品売り場まで出来ていて、絶句した。
味噌汁の量り売りに、おばあさんたちがたくさん並んでいてちょっと恐ろしい光景に思えた。
図書館には昼休みに二日続けて行ったのだけれど、二日ともナカジマさんを見かけた。
彼女は何を借りに図書館にきたんだろう。


夫婦2組で夜の国道を飛ばしていた。何処かに向かっていたと思うけど目的は思い出せない。
自分が妻なのか夫なのかよくわからない。妻も夫もどちらも自分のような気もする。
私でない方の夫婦は、私たちの後を別の車で付いてきていた。
車と言っても、屋根なんかは無く、体がむき出しだった。
車高もとても低く、幅の広いスケルトンに乗っているみたいだった。
国道ではカエルの化け物を退治するために、レーザー光線が発射されていた。
パラボラアンテナから赤い光線が飛んでくる。
人間は光線に当たっても死にはしないが、ちょっぴりアチッてなる。
その光線に3回あたると、「夫婦マジッくポイント」とかいうのが減る。
私たちは直前に、レベルアップしていたのに、マジッくポイントが減ったせいで元のレベルに戻ってしまった。

私はレーザー光線がカエルの化け物除けだとは知っていたけれど、カエルの化け物自体は一度も見かけなかった。


パンがなければお菓子を食べればいい

3月25日の夢
菊川レイと小林マオの中間みたいな女優主演の、NHK連ドラだか大河ドラマだか。
戦後、職業婦人のさきがけとして、飛脚業に身を投じ、のべ何万キロも踏破した女の物語。
そんな番組宣伝がテレビで流れていた。

私の家族らしき人々に、お隣さんだか本家だかに行ってこっそり米を焚いて持ってこいと言われた。
言われた家に、言われた通りこっそり忍び込んだがすぐに見つかり、「お茶をもらいに来た」と言い訳すると、水を水槽2杯分ほど分けてもらえた。
しかし、その場にいた女の人に
「どーせ本当は米を盗りに来たんでしょ」
と指摘された。
さっぱり嘘がつけず、その通りだと口ごもりながら答えると、米はやれないがと言って、ケーキを沢山くれた。
ケーキと水を持って家に戻ると、都会からトモコさんが帰ってきていた。
最新のファッションに身を包んで、都会の風を運んできたトモコさんに、みんな釘付けだ。
というか、あまりに前衛的な上着からトモコさんの乳房が見えていて、私はそれに釘づけだった。

この夢の中で私は嘘をつけなかった。
夢の中って嘘をつけるのだろうか?
夢の中だと、いくら嘘をついても、ついた瞬間、それが本当のことになってしまう気がする。

2011年3月24日木曜日

悪夢という認識

夢の中では相当ひどいめにあっても、例えば高いところから落ちたりしても、なんの恐怖も覚えなかったりする。

逆に後で思い返してみると、どうしてそんなことが...と思うような事柄にうなされて起きてしまったりする。

昨日見た夢はまさにこの典型だった。

最初は足首を掴まれ、側溝の中を引きずられていた。私はそれが夢であることに薄々気付いており、寝ている姿勢が悪いせいでこんな痛いんだ...と思いながら体をもぞもぞさせていたら、寝返りをうった瞬間に目が覚めてしまった。けれど特になんということもなく、変な夢見たなくらいの感じでまたすぐ眠ってしまった。

それからまた別の夢をみた。寝台列車のようなところで、寝台の下にネックがボッキリ折れたウクレレが無造作に転がっていた。
ネジ部分はひび割れ、ネックの 木は裂けてささくれだっていた。
私はウクレレを壊してしまったことのショックも去ることながら、その尋常ではない壊れ方に不吉さを覚え、恐れおののいた。ウクレレを拾う手は震え、全身の血の気が引いたのを感じた。
目が覚めてからも心臓が物凄い速さで鼓動しており、怖くてなかなか眠りにつけなかった。

ウクレレが壊れただけの夢がどうしてそれほどの悪夢になりえたのかさっぱりわからない。

2011年3月23日水曜日

居候

カップルの家に居候していた。私物凄い邪魔者!!
けれど二人は全然気にしていない様子。
私が眠っていると、女の人のほうが『リスみたいな子ね、こんなところに靴下溜めて』と言っているのが聴こえた。愛情を感じた。

その後大学への通学途中、お母さんに出くわした。お母さんはゴミ先生と松下ユウヤとあともうひとり、男の先生を連れていた。
私が学校に行こうとするとなにかと理由をつけて引き留めた。

それでみんなでブランチを食べたり、サグラダファミリアのホログラムを見物したりした。
見知らぬ男の先生は妹の友達(ドンちゃん?)にちょっと似ていたかもしれない。お母さんはこの先生と、私かゴミ先生をくっつけようとしているのかも知れないと思った。

ゲーセンの前を通ると、ヤマさんとこの三姉妹がわんさか子連れで受付に詰めていた。彼女たち自信もまだ子どもで、追い返されないか不安そうだった。だから私が保護者の代わりになった。

松下ユウヤ君は話してみると完璧な良い子で、私は息抜き出来る場所はあるのか、悪態をついたり、醜態をさらけだせる相手はいるのか、と、心配して訊いた。

2011年3月20日日曜日

芸能人スキー

芸能人が、男女それぞれ一番目生まれ、二番目生まれなどに別れてスキーをし、相性の良い組み合わせを検証するという番組。

ハリセンのハルナが2番目生まれで、なんとかという長男生まれのイケメン俳優とものすごいいい感じになっていた。

2011年3月6日日曜日

亀と能

女友達の男友達が、あっちで面白いものが見られるって言うんで行ってみたら、マンホールの窪みに大小さまざまな緑亀が住んでいた。たしかにあまり見られるもんではない。
車が通り過ぎるたび、亀が踏みつぶされてしまわないか心配しなければならないので、心が和む光景とは言い難かった。

女友達の男友達は、顔が濃くて、ラテン系かアボリジニのような感じがした。彼はなんとなくいつも流し眼でニヤッとしていた。

彼は寮のようなところに住んでいた。
何の寮なのかと思っていたら、稽古が始まって、能を学ぶ子供たちの寮だということが分かった。

能の通し稽古をみせてもらった。
歯切れのよい演目ではあったけれど、キャベツ程度の歯切れの良さで、プロには遠く及ばないな…と思った。


2011年2月21日月曜日

tsberack

そう叫ぼうという運動が起こった。陣頭指揮を誰がとったのかは覚えていない。
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2011年2月20日日曜日

髪型認知

チョウさんが夢に登場
しかも茶髪のぼっちゃんがり
超サラサラヘアーでカフェでコーヒー飲んでた
ユズル氏と
声かけると 今度近くに来たときはみんなに連絡するね♥ って言って去って行った
チョウさんの去ったあとにちゃっかり腰掛けてユズル氏とコーヒー 飲もうと したら、ユズル氏が迷惑そうに他の席に移ってしまって、 あまりのショック に目が覚めた
起きてもしばらく避けられたショックにうちひしがれていたけど、 だんだ ん、チョウさんのことが気になりだした
現実の世界で、もしチョウさんがぼっちゃんがりになってたら、 顔認識不得 意な私は絶対チョウさんだって気付かない。
でも夢の中だとどんなに髪型 変わっててもすぐにわかる そう考えると、夢の中のチョウさんが、 あくまで私の内側に存在している んだなと実感する
例えば夢の中なら、チョウさんが見た目テディベアになってても、「あ チョウさんだ!」って一瞬で気付くんだろうな
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ノンちゃん

ノンちゃんが帰っきた。
美人がやってきたと、町中の噂だ。
私は町一番の美人と仲良しだっていうんで得意満面だ。
地学部の生徒がノンちゃんを誘いにきた。
スカートの裾をひるがえしてノンちゃんは行ってしまった。
私は町に地学部があることさえ知らなかった。地学部の中をとても見てみたくなった。
長年この町に住んでいる知らないこの町の未知に、ノンちゃんは簡単に踏み込んでいく。私には見つけることもできなかった景色を事も無げに素通りする。
美人てやっぱり羨ましいな。
ってところで目が覚めた。
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2011年2月6日日曜日

空襲

ライジングサンが何処かの山の中腹で開かれていた。
1日目のトリが終わってみたら、みんなとはぐれていたので、ケータイ電話を出してみたら、チバッチから着信があった。びっくりしつつ、舞いあがりつつかけなおしてみると、真剣な声で、
「無事ですか?今どこですか?今すぐそこに駆けつけます」
と言われた。どうしてそんなこと言い出したのか尋ねてみると、中国からの空襲が始まり、フェス会場は標的の一つになったらしかった。
と言われても、さっきまで普通にみんなで浮かれ騒いでいたので全く信じられない。
とりあえず、
「大丈夫、大丈夫、またなんかあったら連絡するからね。バイバーイ」
と軽いノリで電話を切ろうとしたけど、電話の向こうから重たい沈黙が聞こえてきて一瞬切るのをためらった。
「や、本当に大丈夫だから。わざわざありがとうね。切るよ。」
と、少し真面目に言いなおして電話を切ると、不安な気持ちがこみ上げてきた。

私は一番奥の、小さいステージにいたので、一番大きいステージの方に降りて行こうと思ったのだけど、リストバンドチェックの人が渡り場の手前に茫然と座っていて言った。
「ここから先には行けません。危険ですから。それに行っても死体ばかりですよ」

誤魔化しようもない事実を前に、足のつま先から血の気が引いて行くのを感じた。
リストバンドチェックの人の後ろには、ひたすら闇が広がっている。
一緒に来たビッケさんやヒロミンがまだ生きているか不安になった。
けれどもケータイで連絡取ろうものなら、液晶が明るく光って中国側にこっちの居場所が分かってしまうかもしれないと思うと怖くてケータイをアクティブに出来なかった。

ここで一度目が覚め、同じ夢の続きをみたけど、続きの方は恐怖感とかあんまりなくて、内容もあんまり覚えてない。
家族、岸田繁、新宿が出てきたと思う。


2011年1月22日土曜日

ミーラ捕り

イナサトのダムに行った。
昔見たイメージよりずっとこじんまりしていて、淋しくなった。

ここへ来たのにはわけがあった。
犯罪組織で潜入捜査中のキムさんと会うためだ。

その組織内で近いうち大きな事件が起こるらしく、私達はそれを機に彼らを一網打尽にすべく、キムさんを彼らのアジトに潜り込ませていたのだ。

キムさんは計画を変更したいと言い出した。どうやら組織内のある女を助け出したいらしかった。

仲間達に甘いこと言うなとか責められているキムさんを見ながら私はキムさんの奥さんのことを心配した。

キムさんのことだから、ただ善意からその女を助けたいのかもしれない。けれど女の方は?

キムさんだけを頼りに、見知らぬ土地で頑張ってる金さんの奥さん。

キムさんに去られたらどうやって生きていくんだろう。。。


と、他人にいらぬ心配してる所で目が覚めました。

2011年1月18日火曜日

引き抜き

クミに誘われてバレー部に入部。広すぎて更衣室からアリーナに行く間に迷う。
途中でパブを通り、そこで人に道を訊くと、敷地内に間借りしているかのように見えるそのPubの客たちは、学校の存在さえ知らないらしかった。バーテンはさすがに知っているらしく、道を教えてくれた。
まっすぐ行って左側の建物というだけのことだった。

仕事でイさんとウェンディが70万ドルで引き抜かれた。70万ドルなんだからなんでもいいから今すぐ行きなよ!と、みんな大歓迎で彼女たちを送り出した。アメリカの自動車専門の会社だったと思う。
イさんのしかかりの仕事は渡米先で仕上げることになり、イさんは必要な資料をパンに挟んでもっていった。
しかしその日の午後、客先から納期を明日から今日に前倒ししてほしいと言われ、絶対絶命に。
オフィスには私とボスの二人しかおらず、本当にヤバい状況で、目が覚めた。

すし詰めの引っ越し業者

大学生だった。
取りたい授業を選ぶためのオリエンテーション期間で、マツの連れと授業を見て回ったりしていた。
ピアノ弾く英語の先生 とかキナズリ先生がいた。
私は現実ではキナズリさんの顔見たことないはずなのに、夢の中ではすぐに彼がキナズリさんだと分かった。
しかも翻訳者のはずなのに教授やってることにも全く疑問を持たなかった。
いたるところでフライヤーやフリーペーパーが配られていた。
中には芸人のセキネさんが昔つくってた新聞とかもあった。タモリとかの記事が載っていた。
細かい風俗が変わっても文化人類学的な見地からは変わりがないという恥ずかしい意見をしかめつらしく語って教授に白い目で見られた。

学校は御徒町付近にあるらしかった。
近くのガラス張りの建物に引っ越しスタッフが数十人、ぎゅうぎゅうに閉じ込められていた。
やっと解放されたスタッフのうち二人の女子学生が私に話しかけてきた。
ひとりは19才で、私に「1,2コ年上にしか見えない」とか言ったくせに「結婚してるのか?」と聞いてきた。
「1,2コ上にしか見えないのに結婚してると思うのか?」と厭味のつもりで言ったら、もう一人の女の子(こちらも二十歳前後)が、「今プロポーズれてて迷ってる」と言いだして、話が簡単に深刻化した。

そこに同世代の男の子もやってきた。
その子と話していると、彼は私の先輩のマイちゃんとマイミクであることが判明。
私はマイちゃんがmixiやってるのも知らなかったのでちぇっと思いつつ、世間のせまさに興奮気味になった。

みんなとわかれ、建物を出た。
ニコンと3Mが合併して自由がなくなった本社を通り抜けて駅に向かった。
通り抜ける途中、合併を嘆くニコンファンに愚痴を聞かされたが、何が問題なのか私にはわからなかった。
かなり外を歩いてから駅と逆の方へ向かってしまっていたことに気付いた。

2011年1月15日土曜日

下宿

どこかの大学の二年生だった。
下宿っぽいところに住んでいた。
初めて共有スペースみたいなところにいったら人がいて初めて下宿に友達が出来た。シモダカゲキ風のオカマと黒人のオカマと。二人とも外国人だから年齢不祥だったけど、たぶん二十代

くす玉ビッグバン

グループ課題の靴下作りをナカジマさんとオザキさんと取り組んでいる。足の裏側と甲側を別の布でつくり、縫い合わせた赤い靴下。我ながらうまくできた。二人も気に入ってくれた。

空には土星。
ヒモがぶら下がっていて、みんなで引っ張ると、パカッと割れて、流れ星がこぼれおちた。

光がとめどなく溢れ、ビッグバンが始まった。

2011年1月14日金曜日

ジダ研殺人事件

ロシア語学科の研究室は中央棟の8階に集められている。
その中でも角部屋となるジダーノフ教授の研究室、通称ジダ研に、私は住んでいた。

ある時ドアを開けると内廊下の端にある小窓のところでyoheyOKAMOTOがタバコを吸っていた。同じ階に住んでいて、毎夜開かれるパーティーから抜けてきたらしい。

散歩から帰ると、パーティー会場が私の部屋に移動していて、壁一面をスクリーンにして、VJがなにかしら映している。アットホームな人数のパーティーで、今のところショーケンの隠し子を名のるおじさんが輪の中心らしい。yoheyOKAMOTOは髪の長い女の人とイチャイチャしていて、眼のやり場に困った。

しばらくすると、何かのオーディションが始まった。つぶやきしろうが髪をはらいながら座る時のモノマネをする芸人が部屋に入ってきて、パーティーの面々に審査されていた。髪のはらいかたが確かに似ていた。

居づらくなってきたので部屋を出ると、中の騒ぎが物凄い騒音になっていることに驚いた。

同じ階に住んでる女の子二人抱えた、シャネル的なスーツの女の人が、本当に迷惑だと文句を言ってきた。

私は真顔でききながした。
翌日、彼女の死体が発見された。

彼女の、目を見開いたまま倒れた床に広がっていたのが、彼女の血だったのかワインだったのか、よくわからなかった。

2011年1月3日月曜日

やうつり

札幌に転職が決まり、部屋を探そうと思っていたら、前住んでいたところをまだ親が解約してないということが判明し、何故そんな無駄なことをしていたんだと思いながらも、とりあえずそこにすむことに。

親はまた私と妹に一緒に住んでもらいたいようだったけど、妹は他の誰かとこっそり同棲したいようす。

というわけで、私は札幌の仮住まいを片付けながら、今度こそ風呂トイレ別の所に住みたいなんてわくわくしながら、目の前に山積みのCDとMDをどうしようかと、頭を捻っていた。