2011年12月10日土曜日

疑惑

身体能力の異常に発達した血筋に生まれた。
父は、特に身体能力の高い者たちで構成される組織の頭首だったが、早くしてこの世を去ったので、私は幼いうちに跡目を継いだ。
心細くはなかった。
二人がいつも一緒だったから。
一人は、私を助けて組織をまとめてくれる、父の右腕だった男。
一人は、血筋の者ではないのに、際立つ才能を持った幼馴染の男。
三人で一つだった。
命を脅かされる日常が、苦ではなかった。

それでも、遂に大きな危機が去って、今までどれほどの緊張の中で生きて来たのかを思い知らされた。

エアーズロックの麓に広がるスパで、南国の太陽に肌を焼かれながら、本当の休息というものを知った。
体の芯から溶けてしまいそうなくらいに安らいでいる。

浅く小さなプールに浮かんで青空を見上げる。こんな平和な世界があるなんて知らなかった。

二人も岩場に寝そべったりしてくつろいでいる。

私は大きく伸びをして背泳ぎを始める。
一掻きで対岸に追突して驚いた。プールサイドで見ていた一般人が目を丸くしている。

安心し過ぎて自分の能力のことを忘れていた。手加減して泳がなきゃ。
そっと泳いでいると、スパのオーナーが近づいてきて、
『足、動いてない!器用に泳ぐね!』
と、感嘆した。
彼も、このスパの利用客達も、私達の正体は知らない。
笑ってごまかす。
自分の微笑みの威力はわかっている。

オーナーはちょっと来て、と、私と幼馴染みを呼んで、彼にはお使いを頼み、私には茂みの奥にある、寝床を見せた。

寝床は信じがたいほど心地よく、私は一瞬で眠りに落ちた。

私は知らなかった。
自分がどれほど長く眠り込んでいたか。

私は知らなかった。
オーナーが私達を引き裂こうとしていたことも、幼馴染みがどれ程遠くに遣られたのかも、岩場に残った父の右腕に、オーナーが何を吹き込んだかも。

ただ、夢から覚めて茂みを抜けたとき、父の右腕が背の低い古木の枝に腰かけて地平線を見つめる横顔に初めて浮かぶ表情を見た。

石のように動かない彼に、声をかけることができなかった。

彼の顔に浮かんだものの名前を私は知らなかった。

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