職場にたどり着くと、前を歩いていたサラリーマンが丁度エレベーターに乗ったところだったので、私も慌てて滑り込んだ。
乗ったエレベーターは、いつものではなくて、第3のエレベーターで、私の会社の階には留まらないようだ。
え、聞いてないよ、と思ったけど、先に乗っていたサラリーマンの手前、なにくわぬ顔でいたら、彼はは先に降りてしまった。
彼が降りているときに気付いたことには、この第3のエレベーターは、扉の開け閉めにカードキーが必要なようだった。
幸い、カードキーは持ち合わせていたので、近間の階で降りることにして、キーをスリットに差し込んだ。
ところがカードキーは自分の階でしか有効でないらしく、エラーのビープ音が鳴りだした。
コンピュータ部分からは一生懸命何かを計算する音が聞こえる。
どうしよう。出られない。
私は半パニックを起こしながら、カードキーをガシャガシャ動かし、無意味にあたりを見回した。
すると、左側の壁が無いことに気付いた。壁の代わりに廊下が続いている。
焦ってカードキーをガシャガシャやってたのが馬鹿馬鹿しいくらい呆気なく外に出た。
エレベーターの一件はそれで解決と決め込んで、何食わぬ顔で仕事していると、専務に呼ばれた。
専務はかなり険しい顔をしている。
彼は社内全体のデータベースを管理していて、私が担当したプロジェクトのデータを指差した。
「何このデータ?おかしいんじゃない?フリーズしてるんだけど」
私の顔から血の気が引いた。専務のパソコンで見る限り、私のデータはウィルスに感染しているか、誰かにハッキングされたあとのように見えた。原因として考えられるのは、朝のエレベーターしかない。
きっと、カードキーからデータベースに侵入されたのだ。
大変なことになった。
情報の漏洩は自社の存続どころか、顧客の存亡にも関わる。
情報漏洩に関する予想を聞くだに、専務の表情が真っ黒になる。
私は恐怖のため、目を合わすこともできず、
「詳しく調べてきます」
と言いおいて、自分の席へ逃げ帰った。
生きた心地もしないまま、自分のマシンでデータを点検する。
と、指摘された箇所のデータだけ、圧縮フォーマットが違っているのに気がついた。
いつもはzipで圧縮するのだが、件のデータ群はcold sleepで圧縮してあるのだ。
私は思い出した。
そのプロジェクトは大きくて、zipで圧縮した場合、データサイズがデータベース内で各プロジェクトに与えられる規定のサイズを若干上回ってしまう。
そこで、より圧縮率の高いcold sleepを使用したのだった。
専務のパソコンにはcold sleepを解凍できるアプリケーションが入っていなかったので、データがフリーズしているように見えただけだったのだ。
情報漏洩が起きたわけではなかったとわかり、凍りついていた私の背筋が急激に雪解けを迎えるのを感じた。
訪れた暖かさに眠気を誘われながら、春だ、と思った。
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