2011年3月29日火曜日

コルク芸人

ネタとネタの間を区切るブリッジとして、コルクの栓を抜き続けるジェスチャーを使う若手芸人。
しかも、栓を抜くときは舞台に背を向けている。
(舞台と言っても、観客が教室で席についていて、芸人は廊下にいて、開いた戸の前に立って芸をする。)
「はい、スポーン!はい、スポーン!はい、スポーン!はい、スポーン!はい、スポーン!はい、スポーン!はい、スポーン!はい、スポーン!ありがとうございましたーっ」
笑いは起こらず拍手だけが起こった。
芸人は気まずそうに戸の左側にはけようとしたが、方向を間違ったらしく、右に方向転換し、観客席から出てきたMCにぶつかりそうになってさらに恐縮していた。


そのあと、黒板に
「この任務がうまく出来なかった人は罰としてポーランドに転勤」
という、社長からのお達しが書かれた。
「ポーランドのどこが罰なんだよっ」
と、こころの中で呟いた時には目が覚めていた。

雪解けのころ

3月25日の夢
ベルリンフィルが福岡公演のリハーサルをキタラでやっていると聞き、慌てて公園を抜けてキタラに行った。夕闇の始まるころだった。
公園にはまだ雪が残っていて、走っていても空気がひんやりとしていた。
キタラの中はとても温かく、ベルリンフィルのリハーサルを聴きに来た人々がのんびりとくつろいでいた。
練習しているホールにはさすがに入ることが出来ず、みんな控室みたいなところでオケの音に耳を傾けていた。別室ではあったけれども、音は十分に聞こえた。
部屋には、カーペットが敷いてあって小学校に上がる前の小さな子供を連れた家族が多いようだった。
暖かい室内、声を殺しぎみにじゃれあう子供たち、まどろむ大人たち、柔らかな音楽。
私もなんだか気持よくて眠くなってきた。

音楽が何だったかは覚えていない。でも春のような心地よい曲だったと思う。
と言っても、春の祭典とかヴィヴァルディの春のような元気な感じではなく、あの、魚の名前の曲みたいな。あれ、なんだっけ。思い出せない。



あ、思い出した。鱒だ。シューベルトの。
鱒みたいな感じの曲だったと思う。
まあ結局、夢の中で何が演奏されていたのかはさっぱり思い出せない。

またしても蛙

3月28日の夢
男子生徒だった。
小学生くらいの女の子と寝れば世界を救えるみたいな話だった。
気持ちよかったけど、学校に気になる女子がいて、少しうしろめたかった。
その、気になる女子より、小学生の女の子の方が数倍美人だったけど。


図書館にいた。民営化してしまっていた。
大げさな特集の棚ばかりが大きく展開され、デシマルコードによる区分けはないも同然。参考図書の棚ががっくり減っており、私が読みたいと思う本があるのかどうか探すこともできない。
こみ上げてくる涙をこらえながら、やたらとカラフルな棚の間をさまよい歩いた。
ここにはあれがあったはずなのに…
そう思うたびに熱いものがこみ上げてきて、我慢しているつもりだったのに顔がぐしゃぐしゃになるほどめそめそ泣いていたらしい。
司書が寄ってきて慰めてくれた。黒縁めがねにカリフラワーみたいな髪型の女の人だった。
一階には食品売り場まで出来ていて、絶句した。
味噌汁の量り売りに、おばあさんたちがたくさん並んでいてちょっと恐ろしい光景に思えた。
図書館には昼休みに二日続けて行ったのだけれど、二日ともナカジマさんを見かけた。
彼女は何を借りに図書館にきたんだろう。


夫婦2組で夜の国道を飛ばしていた。何処かに向かっていたと思うけど目的は思い出せない。
自分が妻なのか夫なのかよくわからない。妻も夫もどちらも自分のような気もする。
私でない方の夫婦は、私たちの後を別の車で付いてきていた。
車と言っても、屋根なんかは無く、体がむき出しだった。
車高もとても低く、幅の広いスケルトンに乗っているみたいだった。
国道ではカエルの化け物を退治するために、レーザー光線が発射されていた。
パラボラアンテナから赤い光線が飛んでくる。
人間は光線に当たっても死にはしないが、ちょっぴりアチッてなる。
その光線に3回あたると、「夫婦マジッくポイント」とかいうのが減る。
私たちは直前に、レベルアップしていたのに、マジッくポイントが減ったせいで元のレベルに戻ってしまった。

私はレーザー光線がカエルの化け物除けだとは知っていたけれど、カエルの化け物自体は一度も見かけなかった。


パンがなければお菓子を食べればいい

3月25日の夢
菊川レイと小林マオの中間みたいな女優主演の、NHK連ドラだか大河ドラマだか。
戦後、職業婦人のさきがけとして、飛脚業に身を投じ、のべ何万キロも踏破した女の物語。
そんな番組宣伝がテレビで流れていた。

私の家族らしき人々に、お隣さんだか本家だかに行ってこっそり米を焚いて持ってこいと言われた。
言われた家に、言われた通りこっそり忍び込んだがすぐに見つかり、「お茶をもらいに来た」と言い訳すると、水を水槽2杯分ほど分けてもらえた。
しかし、その場にいた女の人に
「どーせ本当は米を盗りに来たんでしょ」
と指摘された。
さっぱり嘘がつけず、その通りだと口ごもりながら答えると、米はやれないがと言って、ケーキを沢山くれた。
ケーキと水を持って家に戻ると、都会からトモコさんが帰ってきていた。
最新のファッションに身を包んで、都会の風を運んできたトモコさんに、みんな釘付けだ。
というか、あまりに前衛的な上着からトモコさんの乳房が見えていて、私はそれに釘づけだった。

この夢の中で私は嘘をつけなかった。
夢の中って嘘をつけるのだろうか?
夢の中だと、いくら嘘をついても、ついた瞬間、それが本当のことになってしまう気がする。

2011年3月24日木曜日

悪夢という認識

夢の中では相当ひどいめにあっても、例えば高いところから落ちたりしても、なんの恐怖も覚えなかったりする。

逆に後で思い返してみると、どうしてそんなことが...と思うような事柄にうなされて起きてしまったりする。

昨日見た夢はまさにこの典型だった。

最初は足首を掴まれ、側溝の中を引きずられていた。私はそれが夢であることに薄々気付いており、寝ている姿勢が悪いせいでこんな痛いんだ...と思いながら体をもぞもぞさせていたら、寝返りをうった瞬間に目が覚めてしまった。けれど特になんということもなく、変な夢見たなくらいの感じでまたすぐ眠ってしまった。

それからまた別の夢をみた。寝台列車のようなところで、寝台の下にネックがボッキリ折れたウクレレが無造作に転がっていた。
ネジ部分はひび割れ、ネックの 木は裂けてささくれだっていた。
私はウクレレを壊してしまったことのショックも去ることながら、その尋常ではない壊れ方に不吉さを覚え、恐れおののいた。ウクレレを拾う手は震え、全身の血の気が引いたのを感じた。
目が覚めてからも心臓が物凄い速さで鼓動しており、怖くてなかなか眠りにつけなかった。

ウクレレが壊れただけの夢がどうしてそれほどの悪夢になりえたのかさっぱりわからない。

2011年3月23日水曜日

居候

カップルの家に居候していた。私物凄い邪魔者!!
けれど二人は全然気にしていない様子。
私が眠っていると、女の人のほうが『リスみたいな子ね、こんなところに靴下溜めて』と言っているのが聴こえた。愛情を感じた。

その後大学への通学途中、お母さんに出くわした。お母さんはゴミ先生と松下ユウヤとあともうひとり、男の先生を連れていた。
私が学校に行こうとするとなにかと理由をつけて引き留めた。

それでみんなでブランチを食べたり、サグラダファミリアのホログラムを見物したりした。
見知らぬ男の先生は妹の友達(ドンちゃん?)にちょっと似ていたかもしれない。お母さんはこの先生と、私かゴミ先生をくっつけようとしているのかも知れないと思った。

ゲーセンの前を通ると、ヤマさんとこの三姉妹がわんさか子連れで受付に詰めていた。彼女たち自信もまだ子どもで、追い返されないか不安そうだった。だから私が保護者の代わりになった。

松下ユウヤ君は話してみると完璧な良い子で、私は息抜き出来る場所はあるのか、悪態をついたり、醜態をさらけだせる相手はいるのか、と、心配して訊いた。

2011年3月20日日曜日

芸能人スキー

芸能人が、男女それぞれ一番目生まれ、二番目生まれなどに別れてスキーをし、相性の良い組み合わせを検証するという番組。

ハリセンのハルナが2番目生まれで、なんとかという長男生まれのイケメン俳優とものすごいいい感じになっていた。

2011年3月6日日曜日

亀と能

女友達の男友達が、あっちで面白いものが見られるって言うんで行ってみたら、マンホールの窪みに大小さまざまな緑亀が住んでいた。たしかにあまり見られるもんではない。
車が通り過ぎるたび、亀が踏みつぶされてしまわないか心配しなければならないので、心が和む光景とは言い難かった。

女友達の男友達は、顔が濃くて、ラテン系かアボリジニのような感じがした。彼はなんとなくいつも流し眼でニヤッとしていた。

彼は寮のようなところに住んでいた。
何の寮なのかと思っていたら、稽古が始まって、能を学ぶ子供たちの寮だということが分かった。

能の通し稽古をみせてもらった。
歯切れのよい演目ではあったけれど、キャベツ程度の歯切れの良さで、プロには遠く及ばないな…と思った。