2012年10月26日金曜日

(笑)

女友達が二股かけている。
一人はエリート大学出で年収うん千万のキャリア組。
まだ若いが沈着冷静で、生き方にブレが無い。
一人は高校時代の同級生。
学生だった頃からモテモテで、男子にも人気があり、人付き合いで困ったことがないが、大人になってもフラフラ遊びまくっている。

人生のパートナーとしては、前者が本命。
恋の相手としては、後者が本命。

私はエリートとも顔見知りだし、遊び人の方とは同級生だ。
彼女が学生の頃から彼に片想いしてたのも知ってるし、エリート男がどれ程現在の彼女の心の支えになってるかもしっている。

遊び人の方と私が差しで呑んでいたとき、私は彼に、彼女との結婚をすすめた。
「いつまでもいいようにつれまわしてばかりだと今に逃げられるよ。」
いくら言っても、ニヤニヤ笑っているだけの男に腹がたって、なにもかもバラしてやろうかと思ったけど、結局何も言わなかった。

*****

100均で長靴を買った。
紙袋みたいな素材でできている。
履いていると、
「長靴なんてそんなんでいいよね」
とか
「え!100円で!?」
なんて、みんなに声をかけられるのでいい気分になった。

*****

女友達が私にメガネ男子を3人も紹介してくれた。
どの人も個性的で、イケメン。
「どう?」
と、女友達に聞かれて、イケメンたちと私は
「どうって言われてもねえ」
と苦笑い。
女友達が
「大体月々4万から6万円だよ。」
と言った。
私は一瞬(え月収?)と思ったが、すぐに思い直した。
「維持費6万は私の財布にはきついな~」
そう言って笑うと、イケメン3人も笑った。
女友達も笑った。

あの瞬間、なんでみんな笑っていたのかよくわからない。

2012年10月21日日曜日

家庭用地熱発電キット

庭が燃えている。
そこかしこで燃えている。
こんなどしゃ降りの雨の中、消えもせずに燃えている。

雨なので、山に燃え移る心配もない。
炎は大きくなったり消えかかったりを繰り返している。

地熱発電の一種らしい。

あまりにも雨がひどいので、チャチャを玄関にいれてあげる。

2012年10月16日火曜日

そうゆう選択肢

もう、少なくとも人生取り返しのつく歳ではない。

東京から北海道に戻る船に乗り合わせた男女5人と、惰性でつるむ。
公園の屋台かなんかの前にたむろして。

虫が飛んでいる。
女がつまらなそうに笑っている。

若い男はアメリカ帰りらしい。
「やー、でも、3000円で帰って来れるとは思わなかった...」

声に自慢の含みがある。
タンカーにこっそり乗り込んで帰って来たらしいその若い男は、何かにつけて、自分の海外での武勇伝を差し挟もうとする。
中年の男がそれにいちいち大げさな賛辞を贈る。
女は、若い男ばかりが凄い凄いと言われるのが面白くないらしく、なんとか話題を変えようと躍起になっているが、今のところ、うまくいっていない。

「あんたも、行ったことある?海外」

若い男に聞かれた。

「今年の夏はサンフランシスコに...」

「え、うっそ、俺もちょっと寄った!春先に。え、何してたの?シスコで。」

「...昼寝かな」

笑いが起こる。
女のつまならなそうな笑い声。
中年男の子大げさな笑い声。

彼らは知らない。
俺がサンフランシスコで何をしたか。

昼寝はした。
それは本当だった。
毎日同じ時間に公園で昼寝をした。
毎日散歩にくるラブラドールを眺めた。
それから、人を一人殺して、帰国した。

人を殺すのは、初めてではない。
もう何人か殺した。

誰に頼まれる訳でもない。
殺したくて殺している訳でもない。
ただ、殺すという選択肢しかなくて殺してきた。

もちろん、殺らなければ殺られる、というような状況だった訳ではない。

たとえば、外に出かける時、靴を一足しか持っていないとする。
他に選択肢がないのだから、その靴を履いて外へ出る。

そういうことだ。
自分の命に関わることでなくても、それしか選択肢がないということは、結構たくさんある。

そういう状況で、俺は人を殺してきた。

この事を誰かに話したことはない。
話そうと思ったこともない。

みんなそうだ。
誰かに自分の事を話すとき、話すことと、話さないことが必ずある。
殊に、選ぶ余地のないことを敢えて人に話したりはしない。
そういうものだ。

そこの若い男みたいに自分の事をやたら話したがるやつもいれば、同じ若い男でも、そっちの小柄な方は、相槌ばかりで、ほとんどなにも話さない。

芝生がハゲかかっている。
噴水の水が光る。

殺してきた人間は、自分の知り合いだったこともあるし、まったく知らないやつだったこともある。
殺す人間を、自分で選んだことは一度もない。
他に選択肢がなくて、殺すしかなくて殺すのだ。そうなる前に人を選べるはずかない。

誰かが、寒くなってきたので移動しようと言い出した。
銭湯にでも行こうかということになり、近間の健康ランドに向かう。

だらだらと歩き始めた背中に、俺は銃を突きつけた。

********

この夢を見ているとき、実のところ、主人公の殺人鬼は私自身ではなかった。私は夢の中に登場していなくて、殺人鬼を含む5人全員が自分と別の人格であることを、はっきり理解していた。

にもかかわらず、私にはこの殺人鬼の考えというか、感じていることが、いたいほどよくわかる気がした。
何とも言えないその感情がひしひしと伝わって来て、切ないほどだった。
だから、一人称で書いてみた方が、夢の感じが再現できるかと思ってやってみた。

******

この後殺人鬼は
「この中の3人殺す」
と宣言して銃をうち始める。
女が悲鳴を上げて逃げ出すのを背中から撃ち殺す。
ところが全員逃げ腰と思いきや、それまで大人しくて全然目立たなかった、小柄な若い男が反撃してくる。
よく見ると彼はチバっちを一回り大きくしたような感じの青年で、恐ろしく端正な顔をしているのに驚いた。

彼は肩に構えていたビデオカメラが実は機関銃になっていてた。 James McAvoyにも似ていた気がする。

思わぬ反撃に慌てた殺人鬼は自分のピストルを乱射しまくり、最初の「3人」という宣言など関係なく、その場の全員を打つ。

ハンサム男の肩越しに、中年男が
「お前が反撃しなければ俺は助かったかも知れないのに...余計なことしやがって!」
というような事を叫びながら倒れていくのが見える。

小柄なハンサム男は自分が蜂の巣になりながらも、機関銃を打ち続け、殺人鬼も倒れる。

**********

冷静に思い返してみると随分恐ろしげな夢を見たと思うが、夢見ている時は全然怖くなかった。

自分が登場してないせいもあるんだろうけど、殺人鬼に対する親近感がものすごく強くて、なんとも錆びたような気持ちになった。

殺人鬼の孤独感と一般的な大人が感じる孤独感て結局、同じものなんだな、とか思った。
選ぶ余地もなく、人と共有することもなく、そうやって積み重ねてきた時間の孤独。

************

あの、もちろん、今ちゃんと目が覚めてる状態で、殺人鬼なんかに一ミリも共感できません。

2012年10月15日月曜日

エクスクルーズ

「お相撲さんは、川で競技したあとは、あっちの、あの小屋見えるでしょ?あの小屋の裏にもっとちゃんとした建物があって、そこで休むんだよ。だから大丈夫。」

って友達に説明してるってゆう。

2012年10月14日日曜日

Миша

ロシアのテレビ局が来日し、通訳をすることになった。
私とゴトウくんで、テレビクルーに同行した。
ゴトウくんはドイツ語専門なのに。

ロシアのテレビクルーなのに、全員軍服。
みんなでロード用のジープに乗って目的地を目指したんだけど、街中で巨大な熊に遭遇した。
その熊、消防署の前を歩いたんだけど、その消防署くらい大きかった。
熊が動くと、滑らかな毛並みの奥で盛り上がる筋肉や骨格が見える。
これ程大きな獣になると、どんなに脂肪や毛におおわれていても筋肉の隆起が見えるんだなあ、思った。

あ、こっちに気付いた。

速く逃げた方がいいのか?
逃げたら追いかけられるから死んだふりがいいのか?
運転手がジープのエンジンを切った。
熊が近づいて来る。
みんな下を向く。熊と目が合わないように...

熊がジープに触る。
がさ、がさ、と音がする。
私、これで死ぬのかな、と思った。
たまに、そういう死にかたする人いるけど、私もこれで死ぬんだな、って思った。
大きな前足の一部がフロントガラスを撫でるのが視界の端に映る。
誰も声も出さず、誰も動かず、じっと息を殺す。
車が揺れる。

しかし熊は、ジープにそれ程長く興味を保てなかったようで、静かに離れていった。
熊が去った後も、私たちはかなり長い間、ただそうして黙っていた。

熊遭遇のショックで、一行は道に迷ってしまった。
というか、目的地がなんだったか、よく思いだせない。
何度か、自衛隊か、グリーンベレーらしき隊列とすれ違った。
ヘリも飛んでいた。
多分、あの熊の対処にあたるのだろう。

日が暮れてきた頃、なにか、セクトのようなところに入った。
米軍の基地らしい。
地下にかなり広い施設がある。

私たちも兵士のフリをして潜入した。
ショッピングモールの吹き抜けテラスのような場所に兵士がいくつか輪をつくってたむろしている。
天井は光を取り込む作りになっているけど、地下だから、降り注いでいる
私は女ばかりの輪に招き入れられた。

やたらとウェルカムな雰囲気が、アメリカの映画とかでよく見るセラピーのクラスみたいだ。
不自然に甘い空気の中でみんなの自己紹介を聞きながら、頭からはあの熊のことが消えていなかった。
ここなら、軍事基地だし、大丈夫、大丈夫、と、無意識のうちに自分に言い聞かせている。

この、感じ、高校生の頃に読んだ、村上龍の「五分後の世界」に似ている。
ここは安全。でも、ほんの束の間の安全。
そんな感じ。

夜中を過ぎたころ、一人の兵士がテラスに入ってきて言った。

「みなさんご存じないと思いますが、xx時39分、あの熊は射殺されました。」

テラスがさわさわした。
安心したけど、なにか、失望した気がした。

2012年10月13日土曜日

三重の森

三重のマイちゃんからテレビ電話がかかってきた。

「夏休みヒマだから遊びにおいでよー」

そう言ったマイちゃんの後ろに広がる緑色繁りが眩しくて、すぐに行くことにした。

緑の中に佇むダーチャはとても穏やかで、ご両親はいらっしゃらなく、マイちゃんとユーリくんが二人だけでくつろいでいた。

私は別棟の屋根裏をあてがわれた。
昼下がりの木漏れ日のあたる夢のような小部屋。

夜にはユーリくんの芝居仲間も合流すると聞いていたのだが、やって来たのはアストロフの団員たちだった。
あの、五反田団と共演してたフランスの劇団、アストロフだ。

彼らは、ユーリくんを、ものぐさな勇者として主役に据えた公演の練習を、森のなかで、昼となく夜となく、繰返し続けていた。

フラグメント

スキー場
スクリーマデリカの靴下
脱衣場
シャワー
半だごて
マス
二階堂くん
ミュージカル

2012年10月11日木曜日

Rock & Roll & Wandervogel

富士山のような霊山に登って、てっぺんでライブをやった。
私たちは高校生だった。
部活だった。

マッチさんがギター兼ボーカルで、多分、部長。
私もタメで、他にタメには、この国の王子がいた。
私たちは、同じ『山を登る』という苦難を体験することで、世間知らずな王子が少しでも成長してくれればいい、なんて、偽善的なことを考えていた。
下界に帰って来てから、王子に

「どうだった?」

と聞くと、

「なにが?」

という無感動な反応がかえってきた。

「一緒に、白い沼を渡ったじゃん!霧のなか進んだじゃん。てっぺんで思いきり音鳴らしたじゃん!!」
「はあ...」

そんなことあったっけ?って感じで王子は生返事をして、自分のとばりに入りこんでしまった。

なんかショックだった。

それからマッチさんと後輩の男子生徒と、あと女子もう1人と、4人で蕎麦屋に行った。
後輩の男子生徒は平成ノブシコブシの吉村でベース担当だった。
女子の方は、前日テレビで見かけた、AKBの誰だかに似ていると評判の、テニス部の女子だった。

他の部員たちに黙って4人だけで蕎麦屋に来るのは、なんか抜け駆けしてるみたいでどきどきした。
後ろめたいけど、その何倍も楽しい感じ。

蕎麦を食べていると、同じ部の女子達がぞろぞろとやって来た。
彼女達は、私たち4人には気づかず、女子のドロドロした感じのトークバトルを繰り広げた。
その壮絶な様子に、関係ない私まで胃が痛くなった。

暫くして気づくと、蕎麦屋からは出ていて、学校にいた。
後輩の男子が何人か、血相変えて教室に入ってきて、マッチさんが、いったいどうしたのかと訪ねると、髪をツンツンにたてた男子が、

「大変です!ベースが、やめるって言ってます!!」

と、まくしたてた。

「え、ベースって、どのベース?」

と私が聞くと、別の後輩が

「ベースって言ったら一人しかいないじゃないですか!」

と、避難がましく言い立てた。

私は、え、ベースっていったら、ヒゲ?
HiGEのベース止めるの?と、一瞬ちまよったが、すぐに、平成ノブシコブシのことだと思い当たった。

「なんでまた急に...」

マッチさんが呟く。
後輩たちの言によると、ノブシコブシは人間関係に疲れてしまったらしかった。

私はすぐに、それが蕎麦屋の一件のせいだと気づいた。女子達の血で血を洗う攻防を目の当たりにしてしまった後では無理もない。

でも、ノブシコブシ本人には関係ないのに...

と思っているところで目が覚めた。

登山後山頂でライブって...なに部だったんだろう。

2012年10月8日月曜日

従兄弟の家で

防風林の枝と枝の間に砂がたまって、すっかり目詰まりしているので、竹箒で砂を掻き出すのが、私の役目。

2012年10月6日土曜日

マンモス校跡地駅

キムさんが折角だからと言うので、みんなで初詣に参った。

みんなと別れて暫く歩く。

すぐにどこかの駅に着いた。
赤い電車。
乗り換えの改札が複雑な構内。
帯広のどこかにあるその駅舎は、廃校になった小学校跡をそのまま利用したものらしい。

線路の両側に授業用水田の跡が果てしなく続いているのが、在りし日の小学校の隆盛を思わせる。

水田と言っても今は白いスチロールっぽい材質の床に水が張られていて、早苗がまばらに植わっている。
土が無いということは脱脂綿かなにかがうっすら敷かれているのかもしれない。

スチロールには面いっぱいに、子供が描いたとおぼしきクレヨン画が広がる。
廃校直前の在校生による作品なのかもしれない。
よく見れば、まばらな苗は、どこまでも続くクレヨン画をさりげなく飾るように植えられているのがわかる。

見上げれば、水田の上は体育館のような天井でおおわれている。多分開閉できるようになっていて、冬でもハウスとして利用していたのだろう。白い水田も初めてみたけど、天井がついている水田も初めてみる。

贅沢な小学校だったんだな。
しばし、開校当時の賑わいに思いを馳せる。

白い水田の中を、寂れた赤いワンマン電車がとぼとぼと進んでいく。