もう、少なくとも人生取り返しのつく歳ではない。
東京から北海道に戻る船に乗り合わせた男女5人と、惰性でつるむ。
公園の屋台かなんかの前にたむろして。
虫が飛んでいる。
女がつまらなそうに笑っている。
若い男はアメリカ帰りらしい。
「やー、でも、3000円で帰って来れるとは思わなかった...」
声に自慢の含みがある。
タンカーにこっそり乗り込んで帰って来たらしいその若い男は、何かにつけて、自分の海外での武勇伝を差し挟もうとする。
中年の男がそれにいちいち大げさな賛辞を贈る。
女は、若い男ばかりが凄い凄いと言われるのが面白くないらしく、なんとか話題を変えようと躍起になっているが、今のところ、うまくいっていない。
「あんたも、行ったことある?海外」
若い男に聞かれた。
「今年の夏はサンフランシスコに...」
「え、うっそ、俺もちょっと寄った!春先に。え、何してたの?シスコで。」
「...昼寝かな」
笑いが起こる。
女のつまならなそうな笑い声。
中年男の子大げさな笑い声。
彼らは知らない。
俺がサンフランシスコで何をしたか。
昼寝はした。
それは本当だった。
毎日同じ時間に公園で昼寝をした。
毎日散歩にくるラブラドールを眺めた。
それから、人を一人殺して、帰国した。
人を殺すのは、初めてではない。
もう何人か殺した。
誰に頼まれる訳でもない。
殺したくて殺している訳でもない。
ただ、殺すという選択肢しかなくて殺してきた。
もちろん、殺らなければ殺られる、というような状況だった訳ではない。
たとえば、外に出かける時、靴を一足しか持っていないとする。
他に選択肢がないのだから、その靴を履いて外へ出る。
そういうことだ。
自分の命に関わることでなくても、それしか選択肢がないということは、結構たくさんある。
そういう状況で、俺は人を殺してきた。
この事を誰かに話したことはない。
話そうと思ったこともない。
みんなそうだ。
誰かに自分の事を話すとき、話すことと、話さないことが必ずある。
殊に、選ぶ余地のないことを敢えて人に話したりはしない。
そういうものだ。
そこの若い男みたいに自分の事をやたら話したがるやつもいれば、同じ若い男でも、そっちの小柄な方は、相槌ばかりで、ほとんどなにも話さない。
芝生がハゲかかっている。
噴水の水が光る。
殺してきた人間は、自分の知り合いだったこともあるし、まったく知らないやつだったこともある。
殺す人間を、自分で選んだことは一度もない。
他に選択肢がなくて、殺すしかなくて殺すのだ。そうなる前に人を選べるはずかない。
誰かが、寒くなってきたので移動しようと言い出した。
銭湯にでも行こうかということになり、近間の健康ランドに向かう。
だらだらと歩き始めた背中に、俺は銃を突きつけた。
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この夢を見ているとき、実のところ、主人公の殺人鬼は私自身ではなかった。私は夢の中に登場していなくて、殺人鬼を含む5人全員が自分と別の人格であることを、はっきり理解していた。
にもかかわらず、私にはこの殺人鬼の考えというか、感じていることが、いたいほどよくわかる気がした。
何とも言えないその感情がひしひしと伝わって来て、切ないほどだった。
だから、一人称で書いてみた方が、夢の感じが再現できるかと思ってやってみた。
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この後殺人鬼は
「この中の3人殺す」
と宣言して銃をうち始める。
女が悲鳴を上げて逃げ出すのを背中から撃ち殺す。
ところが全員逃げ腰と思いきや、それまで大人しくて全然目立たなかった、小柄な若い男が反撃してくる。
よく見ると彼はチバっちを一回り大きくしたような感じの青年で、恐ろしく端正な顔をしているのに驚いた。
彼は肩に構えていたビデオカメラが実は機関銃になっていてた。 James McAvoyにも似ていた気がする。
思わぬ反撃に慌てた殺人鬼は自分のピストルを乱射しまくり、最初の「3人」という宣言など関係なく、その場の全員を打つ。
ハンサム男の肩越しに、中年男が
「お前が反撃しなければ俺は助かったかも知れないのに...余計なことしやがって!」
というような事を叫びながら倒れていくのが見える。
小柄なハンサム男は自分が蜂の巣になりながらも、機関銃を打ち続け、殺人鬼も倒れる。
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冷静に思い返してみると随分恐ろしげな夢を見たと思うが、夢見ている時は全然怖くなかった。
自分が登場してないせいもあるんだろうけど、殺人鬼に対する親近感がものすごく強くて、なんとも錆びたような気持ちになった。
殺人鬼の孤独感と一般的な大人が感じる孤独感て結局、同じものなんだな、とか思った。
選ぶ余地もなく、人と共有することもなく、そうやって積み重ねてきた時間の孤独。
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あの、もちろん、今ちゃんと目が覚めてる状態で、殺人鬼なんかに一ミリも共感できません。