2019年3月30日土曜日

夢のような夢のような

明け方に目が覚めた。
ケータイに手を伸ばすと、予期せぬ通知が1件。
涙が出るほど嬉しい知らせだった。
送られてきたファイルを開ける。
懐かしいメロディ。

隣で寝ている弟が唸り声を発して寝返りをうったので、ゴソゴソするのはやめて私も目を閉じた。

***

実家の子供部屋。
2階。
妹たちが「ゴキブリだ」と騒いでいる。
見ると青白いサソリのような節足動物が、板の隙間に足を半分突っ込んでカサカサと動いていた。
ゴキブリって放置しておくとあんな風になるのか。
妹たちが異様に怯えるので、殺してしまうことにした。
なにか、棒のようなもので背中のあたりを押さえつけ何度も何度もスリッパで叩いた。
サソリのようなゴキブリは、叩いても叩いても激しくもがいていたけれど、硬い殻が徐々に壊れていく感触が、スリッパを通して手に伝わってきた。
ふとした瞬間に押さえていた棒が離れてしまい、手負いのゴキブリが素早く窓辺へ逃げた。
私は窓を登ったゴキブリを捕まえようとしたが、すんでのところで虫は窓から落ちて、積み上げてあったガラクタの中に見えなくなった。

「多分死んだよ」

私がいうと、妹は、顔を歪めた。

「あんな大きいの、死んだら大量の餌になるんだよ。ほっといたらすごい繁殖するよ」

脳裏に、死んだゴキブリの腹から蜘蛛の子を散らすように幼虫が湧き出て、母親の死体に群がるイメージが浮かんだ。

ガラクタの一つ一つを持ち上げて死骸を探していると、末の弟が末の妹を連れてきた。
くりくり巻き毛の妹は4歳くらいなのにも関わらず、小学生の弟を同じくらいの背丈があった。

「背、追いつかれそうだね」
と言うと、弟が悲しみを押し殺してにやにやとしたので、言わなければよかったと思った。
「男の子のほうが成長が遅いだけだよ。〇〇は女の子だから‥」
と弁解しようとして、妹の名前がわからないことに気づいた。いくら考えても思い出せない。

ヤバい…

***

というところで目が覚めた。
ほっと安堵する。
末の弟の下に妹なんていないではないか。
名前なんて思い出せなくて当然。

ほっと息をついて布団から出る。
実家。
久々の、雪がない時期の帰省。
テキパキと台所で動き回る母の背中に一言声をかけつつ風呂場に向かう。

脱衣所では、アフリカ系アメリカンの男女が3、4人、アンダーウェアのまま話し込んでいた。
妹の友達だろう。

風呂場からはシェイカーを振るような音が聴こえてきていた。

シャカシャカシャカシャカ…


"Is anybody there?"
誰ともなしにたずねると、下着の男女がそれぞれにうなずく。
それから彼らは口々に、
"Where is the universe?"
と問うてきた。

一瞬なにを聞かれているのかわからなかったけど、トイレのことだと察し、風呂場のボイラーの横にあるドアから裏庭に出た。

薪置き場のはずの裏庭は、きれいに石畳の敷かれ、脇にはレンガの積まれ、小綺麗なパティオ風に改装されていた。

なんと素敵な。
ここでコンサートやったら素敵だろうな。

思った途端、音楽が聴こえてきた。
パテオを抜けるとそのまま石畳の坂が続いており、右手の広場でブラスバンドがセカンドラインをやっていた。
中にはお父さんが混じっている。
サックス奏者なのになぜかウッドベースを弾いている。ブラスメンバーはみんな外国人のようだ。彼らもみんな、妹の友達?

それにしてもなんて素敵な演奏。
石畳のところどころからは新芽が飛び出し、レンガの塀からは蔓がたれ、花が咲きこぼれている。

夢みたい。
夢じゃないよね?さっき夢から覚めたばかりだし。
私は頭の中で何度も確認しながらケータイを出して動画を撮った。
これを後でSNSにアップしよう。
そうしたら夢じゃないって証拠が残るはず。

ブラバンは、演奏しながら、奥の建物に入っていった。多分、教会。
音が教会の中にすっかり吸い込まれ、取り残された私は改めて周りを見回した。
まるでヨーロッパの街角みたいな小粋なレンガ通り。うちが改装しただけじゃない、街全体がテコ入れされていた。パブなんかもあって、どの店からも人の気配が漏れ出ている。
地元に人の気配がすることが、こんなに嬉しいとは。

そういえば、何かの地方創生金が大量に入ってどうとかいう話があったんだけ。ニセコみたいに外資でも入ったのだろうか。

胸をおどらせながら、私は裏庭に戻った。
アメリカ人の男女はいつの間にかどこかに消えていた。飲みにでも行ったのだろう。

ああここに、1983を呼ぼう。
町内の人たちみんな集めてあの広場やパブでライブをやったらどんなに楽しいだろう。

パティオを抜けて風呂場に戻る。
そうだった。
いまシャワーを浴びたいのだった。

風呂場にはもう誰もいなくなっていた。
蛇口をひねる。
シャワーヘッドからお湯が出ない。
どう工夫しても赤茶けた泥水がチョロチョロ出るだけだ。 
家の外はあんなきれいなのに肝心のシャワーがこれじゃあ何も始まらないじゃないか。  

***

というところで目が覚めた。

やっぱり夢だったのだ。
素敵なパティオも
耳鳴り。
そうだ、あの素敵な街角では、この始終つきまとう耳鳴りが一切なかったのに、なのにどうして私は気づかなかったのだろう。

みんな夢だったのに。

ケータイを見た。
夢の中で撮った動画はあるはずもなく。
 
けれども、明け方届いた知らせは、ケータイにしっかり残っていた。
夢ではなかった。
私は送られてきたファイルを開け、目を閉じた。

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