2012年12月28日金曜日

年の瀬の焦り

出社したら今日から休みのはずのイさんがいた。「昨日仕事終わらなかった」と言って泣きそうな顔をしている。

アオキさんがやって来て

「あれ、返してもらえる?」

というようなことを言った。

私は何のこと言われてるか全然思い当たらなかったけど、何か借りてたような気もしなくもなくて、たじたじとしてしまった。

「何、借りてましたっけ?」

と、吃りながら聞き返すと、アオキさんは、「あれ、やっぱパクさんだっけな...」と呟きながら、右手を机の上に置いた。

その右手が水風船のように膨れていて尋常じゃない。

それで、これは夢だと気づいた。

これが夢と言うことは、つまり、私はまだ出社していないということだ。
出社してないということは遅刻してしまうということだ。
速やかにベッドから起き上がって会社にいかなけれはならない。

そう思ったとたん、ベッドの中の重い体か意識される。
重い体はびくともしない。
この重い体をロフトベッドから下ろせばきっと目が覚める。
渾身の気合いで体を引きずる。
片足がズルンとベッドから落ちる。
まったく力の入らない足がだらしなくブラブラと垂れ下がっているのを感じる。
あとすこし...このベッドから落ち出さえすれば...
もう片方の足もベッドからずり落ちる。
足の裏が何かのへりをとらえる。
ほら、もう少し、足を踏ん張って...

ふと、ぬくぬくと布団にくるまってベッドの中で丸くなっている自分を発見した。

目覚めた冬の朝はしんとしていた。

2012年12月20日木曜日

目で聴く

卒業間近で、みんな浮き足立っているところにこのイベントだ。

図書室かなんかの本棚と本棚の間で、パンダのぬいぐるみを頭に被ったチバッチとユミちゃんが、キスしてるのを見てしまった。
二人の頭の上に乗ったパンダの鼻先がぶつかっちゃうので、うまくキスできなくて、二人ははにかんで笑っていた。
本棚に囲まれているわりには白い陽に包まれて、平和な昼下がりだった。

コンサートホールはまだ開場しておらず、エントランスホールには人がたむろしている。
最近ちょっと気になってる男の子が手招きするので駆け寄ると、男の子の指したとこのに覗き穴があいていた。
覗くと、殆どなにも見えなかったけど、ホールの中でリハーサルしている音が聞こえた。

目を近づけると、音が聞こえる。
私、目で音楽を聴いてるんだな、と感心した。

人のよさそうな、黒スーツの男がやって来て、バックヤードの部屋は広くて大変居心地が良いが、あの電話は受けるだけでなくこちらからかけることもできるのか?と聞いてきた。
出演者のSPかなんかだろう。私は関係者ではないからわからないと答えると、失礼しましたと言っていなくなった。
今思うと彼はリチャードさんだったかもしれない。

別の日、私はまたコンサートホールを目指していた。
さっき女友達と、そこで知り合った同じファンの男と連れだってあるく。
すこし迷いぎみ。

たしかこの道を踏切の手前で右に曲がって、肉のハナマサで左に曲がる...

私たちの目当ては、若くして世界から注目されているコンポーザー。
今日は彼が珍しく、オケに混じってバイオリンを弾くというのだから見逃せない。

なんとかコンサートホールについてみると、オケはガラスケースにすっぽりとはいっていた。

聴衆は、ガラスケースのまわり、360度、どこからでも演奏を楽しめる仕組みらしい。
私たちの目当てのコンポーザーは、上手の中段に座っていた。
サワオさんみたいなパーマかけてる。
私はショウケースにかぶりつきで、宝石のようなオケに見いった。

2012年12月5日水曜日

スクールライフ

後輩が賞を獲った。
心の底では嫉妬してたけど、「私とは形式が違うから」と自分に言い聞かせることで、何とか平気なフリをして、笑顔で彼女を祝福した。

クラスルームではいつも遅刻してくる男子が、慌てもせずに席につくところだった。
彼はくるっと振り向いて、後ろの席の女子にタブレット型の白い薬を渡した。
彼は毎日彼女のために、その白い薬を一錠持ってくるのだった。
華奢な彼女はいつも笑って(その顔は私からは見えないのだけど、多分笑って)
「ありがとう。優しいね。」
って男子に言う。
男子は毎日のようにはにかんで、黒板の方へと向き直る。

私は毎日のこのやりとりが、嫌じゃない。

登校時は、近所の男子と二人で坂道を下る。
坂道の途中に熊がいた。
熊は、痩せこけて、もう殆どオオカミのようだった。
男子はビビってはいたけど、熊に遭遇すること自体には慣れていて、騒ぎ立てたりせず、ゆっくりとあとずさった。
私は彼の、腰の引けた頼りなげな背中にしがみついて、けれどもじりじりとその背中を押した。

押し合いながらも結局私たちはゆっくりと前進し、熊の前を通り過ぎると、男子が「走れ」とささやいたのを合図に猛烈にダッシュした。
熊が気付いて追いかけてきたので、私たちは坂の脇に跳び、土手を転がり落ちていった。

2012年12月4日火曜日

そのエレベータは独立している

人びとはそれを単に「エレベータ」と呼んでいた。

原っぱに立つそれは、近隣の建物に抜きん出て高く、5人がけくらいの長椅子がむき出しに取り付けられていて、ボタン操作で昇降できる。

降りたところにも昇ったところにも何あるわけでもなく、途中で降りられるわけでも、建物内に入れるわけでもない。

エレベータを利用する者は稀だった。
利用、と言っても、椅子に座って昇って降りるだけ。
エレベータはとても高いし原っぱは風もあって危ないばかりだ。

私は、このエレベータにのるが好きだったような気がして、その、禿げたベロアの席に座った。

誰もいないと思ったのに、三人のじじばばが乗り合わせた。
彼らは、悪いこと言わない、早く降りた方がいい、とかなんとかいいながら、動いているエレベータから横壁によじり降り、それぞれ何かしらの突起を見つけて器用にしがみついた。

セミのように壁に張り付いたじじばばを尻目に、私は上昇し続けた。

上にいくにつれ、風が強くなっていく。
私はほとんど、椅子にしがみついたような格好をして、強風に目を細めていたけれど、心はとても穏やかだった。

エレベータも穏やかに上昇し続けた。