ロシア人の女の人と世間話みたいなものをしていた時のこと。
彼女が言うには、シブヤソーイチロがモスだかペテだかで、某かの学長だが館長だかに就任したということだった。
私は「澁谷宗一郎」って誰だっけ、名前は聞いたことあるんだけどな...と少し考えて、ああっ、と手をたたいた。
それで、
あの物書きの人ね、そう言えばあの人最近ヨーロッパのどこだかでもなんだか受賞かなんかしてたよね。
などと応じた。
目が覚めてから、誰だっけ澁谷宗一郎って?と思ったが、それより、夢の中ではロシア語で会話してたのに、よくわからないはずの人物名がちゃんと漢字に変換されていたのが不思議だな、と思った。
後になって、澁谷宗一郎をググってみて気づいたが、夢の中の女性と私は、揃って澁澤龍彦の名前を勘違いしていたらしかった。お互い勘違いしたまま話だけ通じあっていた。
こういう夢を見ると、改めて、夢の中の人物は全て自分の人格の一部に過ぎないのだなあ、と実感する。
当たり前だけど。
あの、ガタイのいい、インテリ風のロシア人女性も、私の一部なのかと思うとやっぱり不思議な気がする。
ふと、映画「マルコビッチの穴」のワンシーンが頭をよぎったりして。
あれ、でも二人話が通じあっていたというのは私の思い込みかもしれないわけで、あのロシア人女性は本当に私の知らない「シブヤソーイチロ」という人の話をしていたのかも知れない?とも考えられる?
だって夢の中で、彼女の心の中が読めたわけではないし...
こうやって人の人格って分裂していくのかしらん
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